第十四話 「恋人のフリ」

【恋愛ファンタジー小説】『千の希望』第十四話 「恋人のフリ」[アイキャッチ]

 熱を出して寝込んでいたクリアーだったが、体調はすっかり回復し、みんなの前に元気な姿を現した。
「おはよう!」
 開けていた部屋のドアから、顔を覗かせたクリアーに、フィックスが心配そうに駆け寄った。
「クリアー、もう大丈夫か?」
「うん! ごめんね心配かけて」
「いや、てかあのカナメって何?」
 今まで村で、五年間毎日顔を合わせていたのに、全く知らないカナメという存在が出てきた事に、フィックスは少し不満そうにした。
「えっと……ボクが物心ついた時から、心の中に居る人らしいんだけど」
「え?」
「過去の記憶がないから、『はくの村』に居た時からしかわからないけど……感覚的には……双子のお姉さんみたいな……」
「双子の姉……」
 フィックスは、窓枠に止まっている一二三ひふみを見たが、微笑んだような表情をされただけで、何も言ってはこなかった。
(こいつがなんも言わねえって事は……『千の力』関係じゃないのか? ただの二重人格みたいなやつ? いや、でもそれだと、見た目が変わるのも変だし……)
 視線をクリアーに移し、フィックスは続けた。
「カナメってすぐ出てこれるのか?」
「ボクが呼んで代われる時もあるけど……居ない時もあるし」
「へえ、今呼べる?」
 そう言われて、クリアーは目を閉じた。
「……今は、居ないみたい」
「そっか……まあ、よくわかんねえけど、悪い奴じゃなさそうだし……この事は追々で良いか」
「カナメさんは良い人だよ! 優しくて、ボクが知らない事も、色々教えてくれるんだ!」
「ホントに姉みたいな感じだな」
「うん! ボクに家族は居ないみたいだけど、カナメさんが居るから……大丈夫」
(家族……か……)
 無言で話を聞いていたコールは、ゆっくりとクリアーに近づいた。
「クリアー……」
「コール……あの……ボク……」
「この間はごめんね、オレ……なんか変な事して……」
「大丈夫! ボクも……なんか……ロストに対して……どうして良いかわかんないし……」
 クリアーは俯き、困ったような顔をした。
「気にしないで! クリアーはクリアーのしたいようにしてね! ロストに対しても、友人だったんなら、オレの事気にして変に距離取られるのも、記憶取り戻す邪魔になるかもしれないし……」
 そう言うコールに、クリアーは叫ぶように返した。
「邪魔になんてならないよ!」
「うん、だから、オレのことは気にせず、ロストと話したい時は話してね」
「うん」
 二人のやり取りを見ていたフィックスは、腕を組んで考えていた。
(コールは複雑だろうけど……まあ……仲間の関係を制限するのも変だしな……一応仲直りできたし……とりあえずはこれで良かったのかな)
「じゃあ、オレは仕事行ってきます」
「いってらっしゃい」
 コールは受けていた仕事に向かう為、部屋を出て行った。
「今回コールにしか仕事なかったな」
「ボク達する事ないね」
「ブラックはまたどっか消えたし……」
 朝食が済んでから、ブラックは散歩に行くと言って、外に行ってしまった。自由気ままなので、すぐにどこかに消えてしまう。だが、食事の時間には必ず帰り、外出するにしても、行先は誰かに言ってから行くので、困る事もない為、自由にさせていたのだった。
 クリアーとフィックスがテーブルの上で肘をつき、ぼーっとしていると、開けていたドアの間から、宿屋の店主の妻が、顔を出してきた。
「あら、お二人さん、仕事取れなかったのかい?」
「はい……」
「じゃあ、私の仕事引き受けてくれない?」
「どんな仕事だ?」
 店主の妻は、部屋に入って、仕事の内容を話し始めた。
「実はうちの人が浮気してるみたいで……」
「浮気??」
「ある酒場で女と会ってるみたいなんだけど、私は顔が知られてるから見に行けなくて……その酒場、恋人同士で行く人の多い酒場だから、あんたら恋人のフリして偵察してきてくれないかい?」
 それを聞いて、フィックスは驚き、大きな声を出した。
「え!?」
「今朝、そわそわして出てったから、会いに行くと思うのよ。ずっともやもやしててハッキリしたいから、頼めないかしら?」
「そういう依頼は、はじめてだな……」
 頬に手を当て、困っている相手に、クリアーは元気よく言った。
「良いよ!」
「クリアー!?」
「え? ダメ??」
「や……だめじゃないけど……」
 引き受けてくれると聞いて、店主の妻は、とても嬉しそうにした。
「ありがとう! うちの人はこんな感じよ! 頼んだよ!」
 店主の妻は、店主の似顔絵が描かれた紙を渡して、フィックスとクリアーに仕事を依頼した。
(恋人のフリ……)
 フィックスはクリアーとの恋人のフリという、変わった仕事に少々困惑しながらも、引き受けた以上はきちんとしようと思い、気合を入れた。
 クリアーは店主の妻に呼ばれ、一度どこかに行ってしまったが、数分後、綺麗な薄いベージュのワンピースを着て、戻ってきた。
「! な、な……」
「フィックス??」
「なんで……そんな恰好……」
 視線を落とし、ロングスカートに目をやると、綺麗な花の模様の装飾が施されていた。髪にも花の形をした髪飾りをつけており、少しメイクもしているようだ。
「恋人のフリするなら、綺麗な恰好が良いって、貸してくれたの」
「ま……まあ、普段の恰好じゃ、男か女かもわかりにくいし、そうだけど……」
「?」
 フィックスは、女性の恰好をしているクリアーを、舐め回すように見た。
(こいつ……やっぱ普通以上に可愛いよな……)
「フィックス?」
「あ、いや! 何でもねえ!」
 思わず釘付けになってしまっていたフィックスは、慌てて視線をそらした。
「じゃあ、行こう!」
「おう……」
 二人は準備をして、店主が居るという酒場に向かった。

 街の端にある酒場まで歩いている途中、フィックスはいつもとは違う通行人の反応に気づいた。
「酒場、結構遠いとこにあるね」
 クリアーが言うと、フィックスは周りを見ながら答えた。
「そう……だな」
 なぜなら、道行く人々が、クリアーを驚きの目で見ていくからだ。
(こいつすげえ! 女の恰好しただけで、いつもの倍くらい注目されてる! 普段も美形だからよく見られてるけど……)
「フィックス」
「あ!?」
「ボク達ちゃんと、恋人に見えてるかな?」
「……さあ……」
 フィックスは先ほどからずっと、クリアーから視線をそらしていた。
「見えないとだめじゃない?」
 そういうクリアーに、フィックスはひとつの提案をした。
「……じゃあ…………手……でも、繋ぐか?」
「え!?」
 ビックリしたような反応のクリアーに、フィックスはうろたえた。
「嫌ならいいけど!!」
 顔を赤らめ、背けたフィックスに対し、クリアーは相手の手を掴み、ギュッと握った。
「!!」
「嫌じゃないよ!」
「……」
「お仕事だし!」
「……そうだな……」
 手を握られ、フィックスは自分の激しい動悸に落ち着かなくなった。だが、そんな心境に気づかないクリアーは、お構いなしに進めた。
「よし! 行こう!」
 繋いだ手を引っ張り、クリアーはフィックスの前を歩いた。
(俺がリードしたい……)
 歩くのが遅いフィックスの様子が気になったクリアーは、ぱっと振り返った。
「……フィックス、どうしたの??」
 俯いて、戸惑うように、フィックスは言った。
「ん……俺がリード……したいんだけど……」
「……」
 フィックスは俯いたまま、クリアーの返事を待った。すると、繋いでいた手を離されてしまった。
(あ……嫌だった……か……?)
 ずっとそらしていた視線をクリアーに向け、不安そうに見つめると、クリアーはもう一度手を差し出し、優しく微笑んだ。
「お願いします」
 あまりにも可愛い笑顔で優しく言うので、フィックスは赤面してしまった。
(かっわいい……)
 差し出されたクリアーの手を、フィックスは再び握った。
「うん……」
(なんだこれ……)
 フィックスの動悸はしばらく収まらず、手の震えを抑えるのが、やっとだった。
 
 酒場に到着した二人は、店に入り、店内を観察した。
「昼間なのに、恋人同士ばっかりだな」
「あ! あそこ!」
 クリアーが指さした奥の席に、似顔絵と全く同じ男が居た。
「お、居たな」
「まだ一人だね」
「会話が聞こえる位置に座るぞ。てか、お前って酒飲めんの??」
「カレンさんと一回飲んだ事あるけど、すぐ酔って寝ちゃったよ……。だからかなり弱いよ」
「じゃあ飲むフリだけで良いから」
「フィックスも飲み過ぎないでね!」
「まあ、仕事中だからな……いっぱい飲みたいけど、酔わない程度にする」
 二人は宿屋の店主の隣にあるテーブルに着いた。軽く料理と酒を頼み、浮気相手とやらが来るのを待った。
 しばらくして、やや茶褐色の肌に、明るい茶色の髪をなびかせた、きらびやかで綺麗な女性が店内に入り、店主のテーブルに近づいた。
「おまたせー」
「ああ」
(来た!)
「綺麗な人だね……」
「あれ? あの女……宿の従業員じゃね?」
「あ! ホントだ!」
 浮気相手と思われる女性は、泊っている宿屋で、店主とその妻と一緒に働いている人物だった。
「それでうちのが浮気してるって本当か??」
 店主は、少し身を乗り出して相手に聞いた。
「ええ! 怪しい行動が多いわよ!」
 フィックスは内容が理解できず、首を傾げた。
「ん? 浮気してる? 店主の嫁が??」
 どういう事かはわからないが、とりあえず息をひそめ、盗み聞きを続けた。
「昨日も夜遅くに、どこかに出かけるのを見たわ!」
「そうなのか……」
(あれ? これ……)
「だからあんな人やめて、私にすれば?」
 女は少し微笑み、上目遣いで店主を見ている。
(これ……あれだ……浮気……してないな……嫁が浮気してるって嘘の話しして、この女、店主を不安にしてはめる気だ)
「いや、うちのが浮気してたとしても、俺はあいつ以外は無理だよ」
 店主のその言葉を聞いたフィックスは、心の中で感心した。
(おお……)
 断られた事にカッとなり、女は少し大きな声を出した。
「もう! 浮気してる人にそんな一途でどうするのよ!! ……私が慰めてあげるわよ?」
 女は店主の腕に、体を密着させた。
「それとこれとは別だ」
 店主は、キッパリと断った。
(かっけえ! あんな綺麗な女に言い寄られてるのに……でも、このままじゃ良くねえし、なんとかできねえのか?)
 フィックスが悩んでいると、すぐ近くから、耳慣れたチャラい声が聞こえた。
「やあー! 綺麗なお姉さん!」
「?」
「俺様と一緒に、飲みませんか?」
「ブラック!?」
 急に現れたブラックに驚き、つい声が出てしまったが、店内の騒がしさでかき消され、店主達には気づかれなかった。ブラックを見た女は、目を輝かせ、口を両手で押さえて、立ち上がった。
「超イケメン!! ……はい! 喜んで!!」
(えええ??)
 フィックスがブラックを見ていると、こっちを向いてウィンクをしてきた。
(ああ、助けてくれたのか……てかあいつ、いつから??)
 ブラックは女の肩を抱き、別のテーブルに移動した。取り残された店主は口を開けて、目を見開いている。
「な……なんだったんだ??」
 首を傾げながら、店主は会計を済ませ、店を出て行った。
「まあ、あとで全部説明すればいっか」
 解決した事で安心し、フィックスは酒を一口飲んだ。
「浮気してなくて良かったね!」
「そうだな」
「なんで浮気とかするのかな?」
「んー、色々理由あると思うけど、最初からそんなに好きじゃなかったんじゃね?」
「好きじゃないのになんで付き合うの?」
 不思議そうな顔のクリアーに、フィックスは続けた。
「いや、ただ恋人がほしかったとか、焦りとかさ」
「よくわからないけど……ボクはすごく好きな人と付き合いたいな」
 そういうクリアーに、フィックスは少し後ろめたさを感じた。
「昔は俺……めちゃくちゃ好きとかじゃなくても、相手が美人だったら付き合うみたいな感じだった……」
「そうなんだ……」
 フィックスはグラスを少し揺らし、俯いた。
「でも今は……ちゃんと好きな奴じゃないと……嫌……かな……」
「うん!」
 嬉しそうなクリアーを見つめながら、フィックスは言った。
「……前からそうだけど、……付き合ったら……俺はちゃんと相手を大事にするぞ」
「……うん!」
「振られるけど……」
「フィックス、デリカシーないもんね!」
 クリアーは爽やかに、ハッキリと言った。
「お……おお……」
 あまりにも爽やかに言われ、フィックスは不思議な気持ちになった。
「でも、そんなのが別れる理由には、ボクだったらならないけどな」
「! ……お前は……そうだろうな……」
「うん!」
 にこにこしているクリアーを、フィックスは見つめた。
「……付き合う……かぁ……」
 軽い雑談をしながら残りの食事を平らげ、会計を済ませて、二人は店を出た。

 宿屋に戻ると、フィックスとクリアーは、すぐに報告に向かった。
「ありがとう! うちの人が浮気してないってわかって、ホッとしたよ!」
「多分浮気する人間じゃないから、今後も気にしなくて良いと思うぜ」
「まー! 私、良い男と一緒になれて幸せね!」
「あんたも浮気しないタイプだからじゃねえの?」
「そうね! 二十年、片思いしてやっと付き合ってもらって結婚したからね! あの人の硬派な所に惚れちゃってねー!」
「二十年……すげえ、硬派な似た者夫婦だったんだな。店主帰ったら説明してやって、酒場で混乱してたから」
「そうね! でも、まさか従業員がうちの人をそそのかしてたなんて……あの子にはきつく言っておかなきゃ!」
(クビにはしないのか……心広いな……)
「ありがとうね! これ、報酬だよ!」
 そう言って差し出されたお金は、思ったよりも多かった。
「多いな!」
「不安がなくなってすごく助かったから! ありがとうね!」
「おう!」
 フィックスはお金を受け取り、クリアーと共に、その場をあとにした。部屋に帰る途中、廊下で、仕事から帰ってきたコールと鉢合わせした。
「ただいま」
「コールおかえり!」
「ちょっと汚れちゃったから、先にお風呂入ってくるね」
「うん!」
 速足で先に部屋に戻るコールを、クリアーは笑顔で見つめていた。
(コールの事見すぎじゃね? こいつ……コールじゃなくて……俺を好きになれば良いのに……そしたらいっぱい甘やかして……って……何考えてんだ俺??)
 フィックスは片手で自分の口を覆い、自分が思った事に戸惑った。
「どうしたのフィックス?」
 口を押えているフィックスを不思議に思い、クリアーはじっと見た。
(恋人のフリなんてしたせいかな??)
「いや……なんも??」
「??」
 自分の気持ちの変化に、なかなか正直になれないフィックスだが、さすがにそろそろ、認めざるを得ない心境になってきていた。

 そしてその夜、就寝前に、ブラックはフィックスに向かって、両手を差し出した。
「俺様も手伝ったから、分け前ちょうだい!」
 にこにこと、笑顔で金を要求するブラックに呆れながらも、まあ、あの時は助かったと、フィックスは思った。
「ちゃっかりしてんな……」
 少し微笑みながら、フィックスはブラックに金を分け与えた。
「やったー☆」
「あのあとってどうなったんだ?」
「ん? 普通に奢ってもらって帰ったよ」
「奢ってもらったのか!?」
「めちゃくちゃ褒めまくったら、大体相手が奢ってくれるよ☆」
「すげえな……お前、話し上手いからな……」
「にゃはは☆」
 ブラックが本気でクリアーを口説いたらと思うと、ちょっと怖くなったフィックスだった。

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