『洸の街』に滞在するようになって二週間が経った。できるだけ多くの場所に行く為に、コール達は街を出る事にした。
出発の準備を終え、一同はステラの元に、別れの挨拶をしに向かった。
「じゃあ、オレ達行くね。ありがとう、またね!」
コールに挨拶をされたステラは、笑顔で元気よく答えた。
「はい、また来てくださいね!」
ステラはクリアーに近寄り、そっと耳打ちをした。
「コールさんの事、頑張ってね」
「え!! ……うん」
「ふふ!」
(ちゃんと自覚したみたいね)
少し離れた場所から二人を見ていたブラックとフィックスは、顔を見合わせた。
「二人、仲良しになって良かったね☆」
「おう」
そのまま出発し、四人は次の街へ続く道を歩いていた。
「そういえば、この間のクリアーちゃんの恰好、可愛かったね☆」
「え?」
ブラックは笑顔で、クリアーに近寄った。
「酒場でさ、棒兄ちゃんと恋人のフリしてた時の☆」
「あ、ありがとう」
可愛いと言われ、少し照れるクリアーを見ながら、フィックスは二人の間に、ゆっくりと割り込んだ。
「てかお前、あの時酒場にいつから居たんだ?」
その質問に、ブラックはにこにこしながら答えた。
「二人が宿から出ていくのを見つけて、遠目に見送ってた店主の奥さんに場所聞いて、あとから見にいったんだよ☆」
「出てくるまで、全然気づかなかったけど……」
親指を自分に向け、得意げにブラックは言った。
「俺様、足音とか気配とか消せるからね☆」
「さすが元泥棒……」
「にゃはは☆」
二人が楽しそうに話している横で、クリアーは俯き、考え事をしていた。
(ああいう格好……コールの前で見せたのはじめてだったけど……お仕事帰りで服とか汚れてて、すぐお風呂行っちゃって、何も言われなかったっけ……それか……あんまり……可愛くなかったのかな……ボク……)
いつもならコールは何か感想を言うのに、何も言わなかった事を、クリアーは少し気にしていたのだった。
そんな様子を見たブラックは、クリアーの心境を、なんとなく察した。
「コールくんもクリアーちゃんの恰好見たんでしょ? どうだった?」
みんなの話を静かに聞いていたコールを、一同は見た。クリアーも不安そうに、コールの返事を待った。
「可愛かったですね」
「え!?」
「可愛いと言うか、綺麗でしたけど」
「え……」
コールに褒められ、クリアーは赤面した。
「で! でも! あの時何も言わなかったじゃない!」
「へ? あー、あんまり言うと、クリアーまた照れて困るかなって思って」
「それで言わなかったの??」
「うん。言って大丈夫だった?」
クリアーは前のめりになり、大きな声で答えた。
「もちろん!!」
「そっか! じゃあ次からは、そう思ったらすぐ言うね!」
「うん!!」
(なんだ! 変だったとか、可愛くなかったとかじゃなくて、ボクが照れて困らないようにしてくれてたんだ……)
クリアーは瞬時に口角が上がり、目じりが下がった。そして、横に居るブラックの腕を、嬉しそうに、軽くぺしぺしと叩いた。
「えへへへへへへ」
「にゃはは☆」
(クリアーちゃんデレデレ☆)
「あ、あとコールくんさー、この前のー」
「はい」
そのままブラックとコールは話しながら、クリアーとフィックスの前を歩いた。
(なんだよさっきのクリアー……デレデレしやがって……)
フィックスは横に居るクリアーをじっと見るが、肝心の相手はコールを見つめ、嬉しそうにしている。
(むっ……また見てる……)
イライラしたフィックスは、クリアーの視界を手で遮った。
「わ! ……何??」
驚いたクリアーは、フィックスの方を向いた。
「……お前さあ…………俺の事好きになれば?」
「え?? ……好きだけど??」
「ちげえよ! 仲間とかそういう好きじゃなくて!」
「へ?」
「……もういい!!」
フィックスは大きな足音を立てながら、コール達の横に移動した。クリアーは、そんな相手の背中を、不思議そうに見ていた。
「……フィックス…………変なの」
(何やってんだ俺……これじゃまるで……クリアーを好きみたいじゃねえか!! 恋人のフリしてからおかしいな……)
俯いて頭をかき、困ったような顔をしているフィックスを、コールとブラックが見つめる。
「どうしたんですか? フィックスさん」
「棒兄ちゃん??」
「ブラック……」
フィックスは前に、コールが好きなフローラルの石鹸を、クリアーが買って使った時に、もやもやして挙動不審になり、ブラックに言われた言葉を思い出した。
『そういうの、なんて言うか知ってる? こ☆ い☆』
(違う……そんなわけ……ねえしっ!!)
雑念を払うように、フィックスは頭を、大きく左右に振った。
「いや、なんでもねえ! 次の街には、この森を抜けて行くぞ」
フィックスが指さした先には、大きな森があった。
「はい!」
コール達はゆっくりと、その森に入っていった。そして、その後方の離れた場所に、ロスト達が居た。
「……また森……か……しんどい……」
まだ一歩も森に入っていないスロウだが、これからこの森を抜けるのかと思うと、疲れた声が先に出てしまった。
「次は見失わないようにするぞ」
ロストは気合を入れ、歩き出した。
「あんまり近いと見つかるし、距離が難しいんですよねー」
リーフは困った顔で、顎に手を添えて言う。
「ストーカーとか……慣れて……ないしね……」
そんなスロウの言葉に、ロストは申し訳なさそうにした。
「苦労をかけてすまない……あと……ストーカーではなくて、尾行だ」
「同じ事……ですよ……」
(仕事でも……なんでもないし……)
スロウは尊敬するロストの為に、小さくため息をつきながらも、今日も頑張るのだった。
森に入って数分後、さっきまで近くに居たブラックが、いつの間にかいなくなっていた。
「ブラックどこ行った!? ……すぐいなくなるな! あいつ!」
周りを見回しても、ブラックはどこにも居ない。
「まあ……ブラックは森に詳しいから、ほっといてもちゃんと付いてくると思うし、このまま進むぞ」
単独行動が多すぎる故に、ブラックの姿が急に見えなくなっても、コールもクリアーも慣れて、あまり心配はしなくなっていた。
「はい」
「うん」
ブラックは放ったまま、コール達は森を進んだ。その後方から尾行していたロスト達だったが、しばらくして、草木の特に多い場所で、相手を見失ってしまった。
「くそ……また見失った」
ロストが悔しそうに言うと、リーフは悟ったように返した。
「今回も次の街はわかってるんですから、もうゆっくり行きましょう★」
少し遅れて歩いているスロウは、辛そうな顔でつぶやいた。
「足……疲れた……」
ロストはスロウの隣に移動し、背中を軽く押しながら進んだ。
「すみません……」
「いや……私のせいだからな……こちらこそ、すまない」
「はいはい★ 謝りっこはおしまいですよ★」
そう言うとリーフは、二人の後ろに回り、左手でロストを、右手でスロウの背中を押した。
「ふ……リーフ、私は大丈夫だ」
「えへへ★」
スロウは眉間にシワを寄せ、リーフを見た。
(手伝ってる感じにしてるけど…………ホントはロスト様に……触りたかっただけでは??)
「そんな事して……最後は……疲れた……おんぶしてー……って……俺に言うんでしょ……」
「わかってるじゃない★ 私をおんぶしたくないなら、しっかり自分で歩くのよ、スロウ」
「はいはい……」
スロウは近くにあった木の枝を杖代わりにして、森を進んだ。
コール達が森に入って一時間後、少し雰囲気の違う場所に出た。
「なんかこの辺、変だな……」
「うん……」
少しジメジメとした柔らかい地面の上を、警戒しつつ歩きながら、大きな草を分けると、そこには蛇の巣があった。
「うわ!!」
「蛇!」
大きな岩の下に、蛇が数匹うごめいていた。
「刺激しないように、できるだけ離れて通るぞ」
「うん」
三人は蛇の巣から距離を取って進んだが、途中、フィックスが近くの木の上にいた蛇に気がついた。
「クリアー!! コール!! 上にもいるぞ!!」
「え!?」
蛇が上からクリアーに襲い掛かろうとしてきたので、フィックスは瞬時に棒を回し、蛇をはねのけた。
「あぶねー……」
「ありがとう! フィックス!」
三人が安心していると、コールの頭上の木に、もう一匹、蛇が迫っていた。
「コール!!」
しかし、その位置は草木が邪魔をしていて、正確に棒で払うのは間に合いそうになかった。瞬時にフィックスはコールを引っ張り、蛇から遠ざけようとするが、コールの代わりに、蛇に手を噛まれてしまった。
「フィックスさん!!」
クリアーがロッドで蛇を追い払うが、フィックスは蛇の毒にやられて、意識がもうろうとなり、その場にうずくまった。
「フィックスさん! 解毒薬なんて持ってないから……どうしようもない……」
「フィックス! フィックス!!」
(やべ……ふわふわする……てかクリアー泣いてる……俺が死ぬかもしれないと思ったら……泣くくらいにまでは……俺を想ってくれるようになったんだな……まだ死にたくねえな……もっとクリアーと居てえ…………ああ、俺は……クリアーが好きなんだな……)
フィックスは、側で泣いているクリアーの頬に触れた。
「クリアー……俺、お前と……」
(ずっと……一緒に……)
三人が緊迫していたその時、突如、ブラックが現れた。
「ブラックさん!!」
「もー! キミら、森に入るのに無防備過ぎでしょ!」
ブラックはフィックスに近寄り、状態を見た。
「さっき蛇見たけど、この蛇の毒は、痺れと少々の呼吸の乱れが起こる程度で、死ぬ事は滅多にないよ」
「え……」
「もっと自然の勉強しようねー☆」
死亡する事はないと知り、大げさに、ゼーゼーと呼吸を荒らしていたフィックスは、赤面した。
ブラックに軽く処置をしてもらい、フィックスは起き上がった。
「これでまあ大丈夫だよ。水しっかり飲んで、しばらくフラフラするから、さっさと森を出て、宿でゆっくり休もう」
それを聞いて、クリアーも安心し、大きな声を出した。
「良かったよー! フィックスー!」
ふらついて危ないので、フィックスはブラックに手を引かれながら森を進み、一時間後、四人は無事に次の街へと到着した。
宿を取り、安静にして、フィックスは数時間で比較的元気になった。
「回復して良かったね!」
クリアーは嬉しそうに言った。
「治って良かったです」
コールも安心して、笑顔を見せた。ベッドで上半身を起こして座っているフィックスは、二人に心配をかけてしまった事に、申し訳なさそうにした。
「ごめんな」
「いえ! オレこそすみません! 油断してしまって……」
コールの笑顔は、瞬時に悲し気な表情へと変わった。
「大丈夫だよ、気にすんな」
フィックスは、真横の椅子に座っているコールの頭に手を置き、軽く、ぽんぽんと叩いた。
「はい……」
「そういえばあの時……何か言おうとしてなかった?」
クリアーはフィックスが何を言おうとしたのかわからず、疑問に思っていた。
「え!? ……あー…………」
(死ぬと思ったら……急にこいつの事どう思ってるか……ハッキリわかっちまったけど……言わなくて良かった)
クリアーは首を傾げてフィックスを見た。
「ボクと何?」
「…………美味いもん……食いてえなって……」
「あはは! そうだね! 美味しい物食べよう!」
「おう」
「ボク、食堂で何か買ってくるよ!」
そう言ってクリアーは、部屋を出て行った。
「フィックスさん」
「ん!?」
「……フィックスさんってやっぱり、クリアーの事……」
コールはクリアーと違い、フィックスが何を言おうとしたのか、察していた。
「は!? 何言ってんだよ! ねえから! 兄貴的な気持ちだって!」
(やべ、こいつ俺のクリアーへの気持ち知ったら……自分が好きだったとしても、絶対身を引くタイプだからな……知られないようにしないと……ってか、結局またクリアーの事好きになっちまった……好きにならねえって言ったのに……)
「兄貴的な気持ち?」
「そうそう! クリアーの事は、保護者って感じでしか見てねえし!」
「……ホントですか?」
「ホントホント! マジホント!!」
焦るフィックスに余計に疑いが強くなったが、相手がそう言うのなら信じるしかないと、コールは思った。
「わかりました」
「おう!」
話している間に、食堂で買い物を済ませたクリアーが戻って来た。
「リンゴ買ってきたよ」
「ありがと」
クリアーはフィックスが居るベッドの横の椅子に座り、切ってあるリンゴにフォークを刺した。
「まだフラフラするでしょ? はい」
そう言うと、クリアーはリンゴを食べさせようとした。
(は?? あーん……だと?? それ付き合う前の女子にされると、ときめくベストテンに入るやつじゃん!)
個人の主観でベストテン入りしている動作をクリアーにされ、フィックスはうろたえた。
「じ……自分で食べれる……よ?」
「無理しないで、たまには甘えてよ!」
(イヤイヤ! コールの前でそんな事して、お前はイイのかよ!?)
フィックスは嬉しさのあまり、半笑いでコールを見た。
「…………あ! 食べさせられるの見られるの恥ずかしいですよね! すみません気が付かなくて!」
(そこかよ!! てか、色々気にしてるの俺だけかよっ!!)
コールは看護的目線で二人を見ていた。
「オレ、ちょっと出てくるので、ゆっくり食べてください」
そう言ってコールは、そそくさと部屋を出て行った。
「おい! コール!」
(くっそ、俺はどうすれば……)
クリアーは、コールが座っていたフィックスの真横の位置にある椅子に移動し、さっそく食べさせようと思ったが、赤面して俯いてしまっている相手の反応を見て、手を止めた。
「フィックス……嫌だった?」
食べさせられるのを嫌がっているように感じ、クリアーは悲しそうな顔をした。それを見たフィックスは、バッと顔を上げ、叫んだ。
「嫌じゃねえよ!!」
(違う意味で嫌だけど!)
一度深呼吸し、フィックスは髪をかきあげ、少し困ったような顔で、照れながらクリアーを見た。
「恥ずかしかっただけだから…………じゃあ頼む……」
「うん!」
そして、そっと、リンゴを食べさせてもらった。
「美味しい?」
「ん……」
(味……わかんねえ!!)
「じゃあ、次、はい!」
(この動き……全部食わせるつもりだな…………もう……諦めよう)
フィックスが観念した頃、コールは部屋から離れた場所の廊下で、ぼーっとしていた。すると、ブラックが水を片手に現れた。
「あ、ブラックさん」
「コールくん、これ棒兄ちゃんに渡しといて」
(水……そういえば、もうなかったな)
「ありがとうございます」
「じゃ! またあとで!」
(ホントに自由だなー……フィックスさん、そろそろ食べ終わったかな?)
コールは部屋に戻る事にし、水を持って歩き出した。
部屋ではクリアーにされるがままのフィックスが、顔を赤らめて、連続あーんをされていた。
「ふふ、フィックス赤ちゃんみたい」
「こんなでかい赤ちゃん、怖えだろ」
「でもさ」
そう言うとクリアーは、フィックスの前髪を触った。
「!!」
「髪も細くてサラサラしてて、赤ちゃんっぽい」
髪を触られて、フィックスはさらに赤面した。
(好きって自覚した俺が意識し過ぎてるのか!? いつもクリアー……こんなだったっけ??)
クリアーに他意はなく、弱っているフィックスを甘やかしているだけだった。
「……お前も髪細くて、サラサラだろが」
「ボクは赤ちゃんじゃないもん」
「赤ん坊みたいに、肌も白くて、きめ細かいじゃん」
フィックスはクリアーの頬に手を添えた。だが、触られた瞬間、クリアーは固まってしまった。
「な……何? 俺が触るのはダメなのかよ!」
(傷つくんだけど!)
「違くて……その……森でもだけど……顔はなんか……恥ずかしい……」
クリアーは頬を染め、フィックスを見つめた。
(!! コイツは! 俺の方が、恥ずかしくなっちまったじゃねえか!)
「いつもみたいに、頭は良いよ!」
頭は触って良いと言われ、フィックスはクリアーの頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと雑に撫でた。
「違……今じゃなくて!」
「はいはい」
さらに髪がくしゃくしゃに乱れるほど、頭を撫でた。
「もー」
二人のそんなやりとりを、なんとなく部屋に入りにくかったコールは、ドアの前で佇んで聞いていた。さっきフィックスとした会話を……思い出しながら。
『……フィックスさんってやっぱり、クリアーの事……』
『は!? 何言ってんだよ! ねえから! 兄貴的な気持ちだって!』
「……ホントにそうなのかな??」
コールは少し、もやもやとした気持ちを抱いていた。



◇第一話から読む◇