第十三話 「カナメ」

 ロスト達とはじめて向き合って話をしたコール達だったが、心に不安を残したまま、朝を迎えた。そんな心境とは反対に、嵐はすっかり去り、爽やかな日差しが街を包んでいた。
「良い天気になりましたね★」
 リーフがロストに元気よく言うが、ロストは不満そうな顔をしていた。
「……」
 荷をまとめ、退室手続きを済ませたロスト達は、宿の表に居た。
「ホントにもう行くんですか? せっかく同じ宿に泊まってたのに」
「……これ以上一緒に居ると、全部話して記憶を復活させたくなる……クレアはまだそれを望んでいない……」
(私は急いではいない、いつでもまた話そうって言ってたのに、内心では相当焦ってるのね……)
「そうですね……まあ、前の宿に戻るだけですけどね。……行くわよ、スロウ」
 スロウは、ベルトの間に挟んでいた財布が、なくなっている事に気づいた。
「……ごめん……俺……クレア様の部屋に……忘れ物してきたかも……」
「え?」
「財布……ない……」
「何やってんのあんた」
「ごめん……先行ってて」
「財布くらいなら待ってるわよ」
 それを聞いたロストも、頷きながら答えた。
「ああ」
「すみませんロスト様……すぐ戻ります」
 スロウはクリアーの泊っている部屋に向かって走った。スロウの姿が見えなくなると、リーフはロストに近寄り、じっと見た。
(ロスト様と二人きり……だけど)
 眉間にシワを寄せ、変わらず、不機嫌そうな表情をロストはしていた。
(話せたとはいえ、戻ってきてもらえなかったものね)
「ロスト様」
「なんだ?」
 リーフはロストの目を見て、笑顔で言った。
「また、計画考えましょう★」
 にこにこと、励ますように笑顔でいるリーフに、ロストは心が和んだ。
「……そうだな……ありがとう……リーフ」
「えへへ★」
 ロストとの二人きりの貴重な時間。リーフはスロウが、あと三時間くらい戻ってこなかったら良いな、と思った。

 その頃、宿の中では、フィックスとコールが朝食の準備をしていた。
(クリアー、ちゃんと眠れたかな……夜にもう一度寝るまで付き添った時は、さすがに昼みたいに泣きはしなかったけど、まだ辛そうではあったし……コールもあれからあんま話さねえし……)
 そんな重い空気を吹き飛ばすように、ブラックは元気に言った。
「良い天気だねー☆」
(こいつもいつも通りになって良かった)
「クリアー起こさねえと……」
「俺様行ってくるよ!」
「おう……あ、これ部屋の鍵。起きなかったら使って」
「?」
(なんで棒兄ちゃんが、クリアーちゃんの部屋の鍵持ってんの?)
 疑問に思ったが、あえて聞かず、ブラックはフィックスから、クリアーの部屋の鍵を受け取った。ブラックはそのまま廊下を歩き、隣のクリアーの部屋に向かった。
「まあでも、クリアーちゃんの部屋の鍵預けるくらいには、俺様信用してもらえたのね☆ ちょっと嬉しいね☆ にゃはは☆」
 ブラックはフィックスの昨日の言葉を思い出した。

『もし言いたくなったら聞いてやるから、いつでも言えよ。こうやって仲間になったのもなんかの縁だし』

「ああ言ってくれたけど……棒兄ちゃんには言いにくいよな……フェードに……似てんのに……また……あんな思いするのは……嫌だ…………って、いつも通り……いつも通りの俺様に!」
 ブラックは自分の頬を、両手で一度叩き、気合を入れた。
「よし!」
 気を取り直し、クリアーの部屋の前に立ったブラックは、ノックをして、ドア越しに声をかけた。
「クリアーちゃん☆ 朝だよー☆」
 相手には何の反応もなく、シンとしている。
(寝坊した時も、朝はいつも呼んだらすぐ起きるのに……)
「クリアーちゃん、入るよー?」
 仕方がないので、ブラックは預かった鍵を使い、ドアを開けた。
「クリアーちゃ……」

 一方、フィックスとコールは朝食の準備を済ませ、ブラックとクリアーが来るのを待っていた。そこに、さっきクリアーを起こしに行ったブラックが戻ってきた。だが、一人である。
「あれ? クリアーは??」
 ブラックは、目を見開いて、隣の部屋を指さしている。
「……し……」
「し?」
「知らないお姉さんが寝てる……」
「え!?」
「どういう事ですか!? ブラックさん!」
 謎の発言に、フィックスもコールも混乱したが、当の本人のブラックも、どうやら混乱しているようだ。
「隣クリアーちゃんの部屋だよね?? 俺様部屋間違えた??」
「合ってるよ! 夜まで俺居たし!」
「夜まで居たの? そういえば昨日の夜、しばらく居なかったもんね☆ やるー☆ ヒュー☆」
「ちげえよ! そういうんじゃねえし!!」
 茶化されて、フィックスは赤くなった。あれこれ言われるのが嫌で、黙って行ったのが裏目に出てしまったようだ。
「二人とも落ち着いてください……」
「あ、だから鍵持ってたのね☆」
「そうだよ……お前、昨日昼まで寝てたくせに、夜も就寝時間にはちゃんと寝てたな……」
「たまに十二時間くらい寝る時あって☆」
「寝すぎだろ……」
「まー良いじゃん☆ 鍵使って開けれたって事は、やっぱ間違いじゃないよね……とにかくみんなで、クリアーちゃんの部屋行こう!」
 状況がいまひとつわからないので、とりあえず三人でクリアーの部屋に行く事になった。
「てか、知らないお姉さんってなんだよ」
「だってさー」
 開いているドアから部屋に入り、フィックスとコールは、クリアーのベッドを覗き込んだ。
「え?」
 そこには、胸まで伸びた黒髪の女性が寝ていた。
「誰!?」
「クリアー??」
「ん……」
「起きた!」
 二人の声に、相手は目覚めた。
「……フィックス……」
「クリアーなのか!?」
「すみません……私……」
(すみません!? 私!?)
「今は、カナメと……呼んでください」
「カナメ?」
(名前があるって事は、クリアーじゃない??)
 コールはそのカナメと言う人物に、見覚えがあった。
(この人……最初にクリアーを見た時に黒髪に見えたけど……あの時の人だ! 見間違いじゃなかったのか……)
 カナメは片手で頭を押さえ、苦しそうにした。
「頭……痛い」
 フィックスとブラックはベッドから少し下がり、小声で会話をした。
「でも、どうもクリアーちゃんっぽいね」
「声はそうだけど、クリアーなの声と背格好だけだぞ? 顔も……似てるけど違うし……」
「二重人格的な??」
「記憶喪失中だから色々あるのか?? なった事ないからわからん……てか、『千の力』とか、しゃべる鳥とかいるせいで、受け入れ力高くなってるんだけど俺……」
「受け入れ力って面白☆ しゃべる鳥とか言ったら、一二三ひふみちゃんにまた怒られるよー☆ 不死鳥だよーってさ☆」
「そうだな……」
 二人がこそこそと話している間に、カナメは苦しそうにため息をついた。
「顔赤いな、熱があるのか?」
 フィックスがカナメの額に手を当て測ると、自分よりも少し高い熱を感じた。
「ちょっと高いな……」
「すみません……少し……休んでいても良いですか?」
「はい……ゆっくりしてください」
(棒兄ちゃんが敬語つられてる)
「ブラック、冷やすから水とタオルお願い」
「了解☆」
 ブラックは部屋から出て、隣の部屋に、水とタオルを取りに行った。
(てか、クリアーって何者なんだ? 異常な怪力出せるし、記憶ねえし、別人になるし?? もしかして、『千の力』を与えた存在と、関係のある人間なのか??)
 フィックスがそう思っている時、一二三ひふみは外の木の上から、カナメをじっと見ていた。そんな一二三ひふみの視線には誰も気づかないまま、コールが口を開いた。
「クリアーがこういうふうに、過去になった事ないんですか?」
「んー、クリアー強いストレスかかると熱出るんだけどさ」
(こどもみたい……かわいい)
 コールはクリアーの幼児的かわいさに、少し胸が熱くなった。
「さすがに黒髪の女になった事はねえな……記憶が戻るかもって話が、よっぽどだったのか……」
「す……すみません、オレが昨日あんな……」
「いや! コールにとってはロストは嫌な相手でしかねえだろ! それがクリアーと過去の知り合いで、記憶戻ったら俺達と離れてあいつのとこに行っちまうとか言われたらな……俺だって嫌だよ!」
「フィックスさん……」
「……てか、ブラックおせえな? 俺、様子見てくるけど、コールどうする?」
 コールは一度カナメを見て、そのあと俯き、再び顔を上げてから答えた。
「……オレも行きます」
(今はクリアーと、あんま二人きりになりたくねえか……って、こいつはカナメだっけ?)
 二人が部屋を出たあと、窓の近くに、スロウが到着した。
(……財布落とすとか……軽くしとこうと思って……持ち歩く分は……数枚しか……入れてなかったから……音がしなくて……落としても……気が付かなかった……失敗……)
 スロウは窓をノックしたが、中からの反応はない。
(クレア様……居ないのか? ……急いでるし……ちょっとだけ……)
 窓に鍵がかかっていなかったので、スロウは窓を開け、部屋に入った。座っていた椅子の下に財布がないか探すが、何も見当たらなかった。
「……ない」
 その時、カナメがベッドから起き上がった。誰も居ないと思っていたスロウは、人が居た事にびっくりし、音がした方を見た。
「……?」
 カナメはスロウを見つめ、互いに目が合った。
(クレア様じゃない??)
「だ……誰??」
 カナメは微笑みながらスロウに答えた。
「お久しぶりです」
「え??」
「……昨日、お会いした者です」
(……会ったっけ??)
「クレア……様……?」
「はい」
「え? ……いつもと……全然違う……」
「今は、カナメです」
「カナメ……?」
(てか……昨日なのにお久しぶり??)
「これをお探しですか?」
 カナメはスロウの財布を差し出した。
「!」
 スロウは頷き、カナメを見た。
「お忘れでしたよ」
「……ありがとう」
「いいえ」
 カナメはスロウに、優しく微笑んだ。
「!」
(なんだ?? この気持ち?? クレア様に対してとおんなじ……いや……もっと…………)
 スロウはカナメに近づき、財布を受け取った。
「スロウさん」
「ん!?」
「ロストはとても孤独で、すぐにふさぎ込んでしまう人です」
「……」
「あなたには、心を許しているように見えました」
「!! ……そう?」
「はい」
(嬉しい……)
「私は訳あってロストの側にはもう、居る事ができませんが……心を開いているあなたに……ロストの事……頼みますね」
「!!」
(俺とロスト様の事……信用してくれてる……の?)
 カナメはまた、スロウに笑顔を見せた。その笑みが美しくて、スロウは赤面した。
(なんか……落ち着かない……)
 スロウは目が泳ぎ、居ても立ってもいられなくなった。
「もう……行く!」
「はい」
 窓の方へと方向を変え、歩き出したが、スロウは思い出したように声を出した。
「あ!」
「え?」
 スロウは振り向いて、カナメに言った。
「……さん……いらない」
「……スロウ?」
「うん!!」
「スロウ」
 カナメはスロウの名を呼びながら、優しく微笑んだ。その笑顔を見たスロウは、なんだか嬉しいような恥ずかしいような気持になった。
(なんで……こんな気持ちに……?)
 赤面して佇んでいるスロウに対し、今度はカナメが、思い出したように言った。
「あ、あと」
「?」
「勝手に人の部屋に入っては、ダメですよ」
「ごめんなさい!」
「ふふ……気をつけてね」
「は……はい……」
 注意をしながらも、にこにこと微笑んでいるカナメの姿に、スロウは胸が高鳴り、さらに落ち着かなくなった。
「……じゃ!」
 急ぐように窓から出たあと、すぐに振り返ると、カナメもベッドの上から、じっとスロウを見ていた。目が合うと、カナメは微笑みながら軽く会釈をした。礼儀正しい態度とその美しさに、スロウの胸は、また高鳴った。
「あ……早く戻らないと……」
 スロウは走って、その場から離れた。カナメは窓から空を見上げ、つぶやいた。
「……スロウ……大きくなりましたね…………ふふ」
 走りながら戻る途中、スロウはクリアーの事を考えていた。
(ロスト様が……クレア様を……好きになった……理由のひとつに……誰にでも分け隔てなく接するところ……って言ってたけど……好きになるの……わかる……あの人は……ロスト様みたいな……超自己中でも……俺みたいな……口下手でも……分け隔てなく……話してくれる……それはクレア様でも……カナメでも…………なんか…………すごく……良い!!)
 クリアーの事も、カナメの事も、スロウはとても気に入ってしまった。
(てか……クレア様……二重人格だったのか……記憶喪失で二重人格って……大変過ぎない?? ……可哀想に……でも……二重人格って……見た目も変わるんだ……知らなかった……あと……二人の声と話し方……昔どっかで……聞いた事あるような?? んー……思い出せない……)
 あれこれ考えながら走っている間に、スロウはロスト達の元に到着した。
「あ、スロウ! 財布あった?」
「……あった」
 戻ってきたスロウの顔は赤くなっており、リーフはそれを不思議に思った。
「どうしたの? 顔赤いわよ??」
「……なんでもない」
「全速力で走ってきたんでしょー★ 虚弱体質のクセに無理するからー」
「なんでも……ないって……」
 自分の気持ちを隠すように、スロウはリーフとロストから、照れた顔を背けた。

 そんなやり取りが行われていた事など全く知らないフィックス達は、やっとクリアーの部屋に戻ってきた。
「ちょっと遅いだけで二人で迎えこなくてもさー」
 ブラックは頭の後ろで手を組んで言った。それに対して、コールが申し訳なさそうに答える。
「すみません」
 水とタオルを持ったフィックスが、ブラックを呆れた顔で見つめた。
「遅すぎだっつの」
 ドアをノックし、フィックスは言った。
「クリアー、開けるぞ……あ、カナメだっけ? ややこしいな……」
 返事はなかったが、ドアを少し開けていた為、三人はそのまま部屋に入った。
「あれ?」
 ベッドの中にカナメの姿はなく、クリアーがすやすやと寝ていた。
「元に戻ってる??」
 フィックスはクリアーの額に手を当て、熱を測った。
「熱も下がってるな……なんだったんだ?? しかし……幸せそうな顔で寝やがって……」
 少し微笑んだような表情で、嬉しそうにクリアーは寝ていた。まるで、スロウとカナメが出会えた事が、嬉しかったかのように。

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