朝を迎え、朝食を終えたロスト達は、次の活動の準備をしていた。
「スロウ、今日は張り込みに行くから、昼食は不要だ」
マントを羽織りながら言うロストに近づき、スロウは答えた。
「わかりました……無理しないでくださいね」
「ああ」
ロストはそのまま部屋を出て、賞金首の張り込みに向かった。テーブルを拭きながら、スロウは近くに座っているリーフを見る。
「リーフ……今日家事が多くて……悪いけど……買い出し行ってきてくれない?」
申し訳なさそうにお願いするスロウを、リーフは見つめ返した。
「いいわよ★ 丁度散歩でも行きたい気分だったしー」
「ありがと……おやつ……好きなの買ってきていいから……」
「わーい★」
スロウから財布を受け取ったリーフは、食後のお茶を飲んでいるブラックに近寄った。
「ねえ、あんたも行かない? ひとりだとつまんないし」
「いいよ☆ 一緒にいこっか☆」
ブラックは笑顔を返すと、コートを羽織って準備を終えた。
「あんたって、いっつも軽装よね……」
まじまじと見てくるリーフに、ブラックは笑顔で両手のひらを向ける。
「基本、手ぶら主義なんでー☆」
身軽が好きなブラックは、普段外出する時は、財布とハンカチしか持ち歩かないのだった。
「先にトイレ行ってくるわね」
そう言うリーフに、ブラックは笑顔で手を振る。
「いってらー☆」
リーフが部屋を出ていくと、ブラックは家事をしているスロウを見つめた。
「ん? ……何?」
「……いや……美少女具合が、シャーロットに似てるなって思って」
「シャーロット??」
首を傾げるスロウを見つめながら、ブラックはつぶやく。
「昔の女…………友達」
その言葉に、スロウは嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「俺……男だし……」
「にゃはは☆ そうだね☆」
スロウは、今のブラックの言葉の区切り方に、違和感を持った。
「……友達の前に……すごく……間があったね」
「……」
「実は昔の女……とか?」
指摘されたブラックは、目をそらして黙り込む。
「…………」
(あれ? ……当たり??)
スロウがそう思っていると、リーフが戻ってきた。
「ブラックー、行くわよー」
「はいはい☆ じゃあ行ってくるね☆ 家事頑張ってねー☆」
ブラックはスロウの肩を軽く叩き、ウインクをした。
「あ……うん……いってらっしゃい」
(あの感じ……わけありっぽかったな……あんま色々……詮索しない方が……いいか……)
そう考えながら、スロウは家事を続け、リーフとブラックは買い出しに出かけた。
曇った空の下、街を歩いていると、前方に体格の良い男が居た。
「ちょっと! 邪魔よ!」
リーフが怒ったように叫ぶと、男は振り返って睨む。
「ああ?」
ケンカがはじまりそうな二人の間に、ブラックが笑顔で入り込んだ。
「ちょいちょいー☆ すみません旦那ー☆ この子ダイエットが上手くいかなくて気が立っててー☆」
「なんですって!?」
リーフは、今度はブラックを見て叫ぶ。
「はは! 食べ過ぎには気をつけな! お嬢ちゃん!」
ニヤニヤと笑う男に、リーフはさらに怒った。
「なっ!!」
しかし、ブラックがすかさずリーフの両肩を掴み、その場を移動させる。
「では失礼しますー☆」
「ちょっとブラック!!」
ずるずると引っ張られ、リーフは男から引き離された。ある程度の距離まで離れると、ブラックは再び話し出した。
「てかリーフってさー、ああいう男って感じの奴に、当たり強いよね?」
「……」
過去にも何度か、リーフがこうやって、体格の良い男にケンカを吹っ掛けた事があったのだった。
「ああ言って嚙みつくくせに、終わったあとは、いつも手、震えてんだよね……」
「そんな細かいとこまで、しっかり見ないでよ……」
肩を掴んでいたブラックの手を軽く振り払うと、リーフは俯いて、眉間にシワを寄せる。
「なんか理由でもあんの??」
「……」
ブラックの問いに、リーフは無言になって立ち止まった。
「……俺様に言いたくないなら言わなくてもいいけど、でも知ってた方が、今後一緒に居る時対処できるからさ」
優しい言葉を掛けられ、リーフはぽつりと言う。
「……昔、ああいう男って感じの男友達と……トラブルになった事があって……いまだにああいう男を見ると、腹が立って噛みついちゃうのと……思い出して……少し怖くなるだけ……」
自分の体を守るように肘を抱え、ぎゅっと力を入れるリーフを、ブラックは心配する。
「リーフ……」
「詳しくは言えないけど……まあ……ああいう男っぽい男が苦手なのよ」
そう話しながら、リーフは足元にあった、小さな小石を蹴った。
「……そっか、ロスト様やスロウとか……あと俺様は平気?」
こちらのパーティに入ったあとは、ブラックも周りに合わせて、ロストの事は様をつけて呼んでいた。仲間の男達は平気なのかというその問いに、リーフはブラックの目を見つめて答える。
「ロスト様は好きだからもちろん怖くないけど、スロウも男って感じじゃないし……あんたもいやらしい目で私を見なくて、男って感じしないから平気よ。見た目も中性的で男臭くないし」
「なら良かった……」
(もしかして、恋愛対象に見られるのが嫌なのかな?)
ブラックがそう思っていると、リーフは前を向いて歩きだした。
「まあ、そういう事よ」
「ふーん」
それ以上はこの話をせず、二人はいつも通り雑談をしながら、買い出しを終えて宿に戻った。
今日は夜になっても、張り込みに行ったロストが帰ってこないので、待ちくたびれたリーフは風呂に向かった。その間、ブラックはスロウと二人きりになった。
「スロウ」
「……ん?」
全ての家事を終わらせたスロウは、趣味である恋愛小説を読んでいたが、首を傾げて、ブラックを見つめる。
「スロウってさ、リーフに対して、興奮したりする??」
その問いに、スロウは目を見開き、赤面した。
「はっ!? ……い……一応女性だから……裸でも見たら……そりゃなんか……思うかもだけど……」
「一応とか言ったら叩かれるよ☆」
微笑んでいるブラックに、スロウは照れながら返す。
「リーフに……女性的な興味は……ないかな……」
「そのセリフも、言ったら叩かれそうだねー☆」
スロウは何かを思い出したようなそぶりをしたあと、目をそらしてから答えた。
「言って……怒られた事……ある……」
「にゃはは☆」
その場を想像したブラックが笑っていると、スロウはふと、真剣な顔をした。
「……リーフの事……気になるの?」
「んー、過去の事がちょっとねー。あ! スロウは知ってんの?」
じっと見つめてくるブラックから目をそらし、つぶやくように、スロウは続ける。
「……知ってるけど……デリケートな話だから……」
「そっか! まあリーフが言ってくれるまで待つからいいよ!」
笑顔のブラックに、スロウは視線を戻した。
「……それがいい……」
「うん……」
「……女は……一度怒らせると……怖い……」
眉間にシワを寄せて語るスロウに、ブラックは思う。
(何回か、リーフを本気で怒らせてそうだな……)
「スロウも過去に色々あったの?」
「え?」
そう聞かれ、スロウはきょとんとした。
「みんなわけありっぽいから」
「……まあ……」
俯くスロウに、ブラックは軽く笑顔を返す。
「そっか」
「……俺も……時期が来たら……話す……」
相手の言葉に、ブラックは驚いた。
(仲間になってそんなに経ってないのに、話す気あるんだ……俺様、意外と信用されてる?)
そう考えたあと、ブラックは少し寂しそうに微笑んでから言った。
「俺様も、スロウが話してくれた時に……話すよ……」
「ん……その前にリーフの話……聞けるといいね……」
「……うん……」
流れで仲間になったとはいえ、ブラックは、リーフとスロウ、そしてロストにも、少し情が湧きはじめていた。
翌日、朝食を終えたリーフは、曇り空の下、ひとりで買い出しをしていた。
「ホント天気悪ーい。雨降る前に終わらせる為にって、みんなバラバラで買い出しなんて……荷物持ちも話し相手もいない……めんどくさーい! もー、さっさと終わらせようっと」
連日の雲の多い天気も影響し、不機嫌なリーフは独り言をつぶやいたあと、急いで買い出しを行った。
「あとはー」
買い物リストを見ていると、空からポタリと雨粒が落ちてきて、文字が滲む。
「あー! もう降ってきた!! ちょっとー! あ、あそこで雨宿りしよう」
リーフは店先目掛けて走り込み、そのまま雨をしのぎながら立っていた。すると、店内からぬっと、客が出てきた。
「お? 雨かー」
逞しい体の背の高い男が、リーフの横に並ぶ。
(うわ! ここ酒場だったのね、酔っ払いじゃん……)
そんなふうに思われているとは知らない男は、リーフをチラリと見る。
「お嬢ちゃん、雨宿りー?」
笑顔で話しかけてくる酒臭い男を、リーフは無視した。
「あれー? 聞こえてないのかなー?」
そう言うと、男はリーフの肩を軽く掴んだ。
(ちょ……やだ……何固まってんの、私……)
リーフがそう考えていると、男はミニスカートに視線を移し、ニヤリと笑う。
「ちょっと濡れてるねー、足とか寒くない?」
そして男の手が、リーフの太ももに触れた。
「!!」
タイツの上から触られたとはいえ、あまりの気持ち悪さに、リーフは雨の中に飛び出し、そこから走り去った。
宿に帰ると、すでに戻っていたブラックが居た。リーフはポタポタと雨水を落としながら、呆然と相手を見つめる。
「あちゃー、雨に降られちゃったか。すぐ着替えないと風邪引くよ。タオル用意するから、ちょっと待っててね」
ブラックは降る前に帰っていたので、元気そうな顔でタオルを用意しようとするが、ずぶ濡れのリーフは、部屋の奥の自分のベッド付近に、走って移動した。
「え? リーフ?」
ブラックがタオルを手にリーフに近づくと、タイツの上から太ももをゴシゴシと強く擦っている姿が見えた。
「ちょ! 何やってんの!?」
「いいの……汚いから……ちゃんと拭かないと……」
「いや! 拭き過ぎだから!」
相手の手を掴み、拭くのを止めようとしたブラックに、リーフは叫んだ。
「いいの!!」
リーフはガタガタと震えながら、なおも太ももを拭こうとする。
「リーフ! 何があった!?」
ブラックはリーフの両肩を掴み見つめるが、目が全く合わない。
「ああいう奴って……なんでいつもああなのよ……」
「え?」
「なんでいやらしい目でばっかり見るの!? ホント……気持ち悪いっ!!」
涙を流して叫ぶリーフに、ブラックは、かける言葉を一生懸命探した。
「リーフ……」
「もうやだ!!」
リーフは怒り、床を強く叩いている。手は赤くなり、このままでは相手がケガをするかもしれないと思ったブラックは、落ち着かせようと名を叫ぶ。
「リーフ!!」
「やだあ!」
ブラックは、混乱して声が届かないリーフを、ギュッと抱きしめた。
「!!」
そして、大きな声で言った。
「一緒に居る間は助けるよ! 俺様が、守ってやる!!」
その言葉に、リーフはハッと、我に返った。
「……ブラッ……ク……?」
やっと目が合ったリーフに、ブラックは悲しそうな表情を見せる。
「何抱えてんのか知らないけど……女の人が不安定になるの……俺様嫌なんだ……」
「え……?」
不思議そうにしているリーフから目をそらし、床を見ながら、ブラックは語りだした。
「俺様の母親は不安定ですぐ泣く人で……何かあると……俺様のせいだって当たってくるのが普通だった……」
「……」
リーフは語りだしたブラックを、静かに見つめた。
「俺様の家は結構良い家柄で、しがらみとかストレスも凄かったから、母親も毎日いっぱいいっぱいで……俺様はまだその時小さかったから何もできなくて……泣いてる相手に寄り添う事しかできなかった……」
「ブラック……」
小さく自分の名を呼ぶリーフを一度見てから、ブラックは続けた。
「俺様が大きくなってからは、母親はほとんど部屋から出てこなくなった。両親の夫婦仲も冷め切ってたし……俺様は家の跡を継ぐために毎日勉強してたんだけど……色々あって……結局最後まで何もしてやれなかった……」
戸惑いながらも、リーフは辛そうに語るブラックの手を、優しく握った。
「あ! 最後って言っても亡くなったわけじゃないよ? 俺様が家を出たから何もできなくなっただけでさ!」
「そうだったの……」
「出たっていうか……俺様が窃盗で捕まったから、勘当されて帰れないんだけどさ……まあ、これ以上詳しくは、今言えないけど……だから……女の人が荒れてるの見ると、母親の事思い出しちゃうし……」
相手をただのお調子者の自由人だと思っていたリーフは、ブラックの過去を知り、申し訳なさそうな声を出した。
「ごめん……私……」
「ううん! それに俺様、今はもう大きいからね! リーフを守る事もできるよ☆」
辛い過去を話しているのに、いつもの笑顔を見せるブラックに、リーフは胸が締め付けられる。
「ブラック……」
「いつどこで終わる縁かわかんないけど、一緒に居る間は、守るからさ」
真っ直ぐな瞳で自分を見つめるブラックに、リーフは安心感を抱いた。
「あ……ありがとうー! ブラックー!!」
泣きながらしがみつく相手に答えるように、ブラックはリーフの頭を、優しく撫でた。
「よしよしー☆ てか、手冷たっ! 着替えて風呂入ってきな!」
「ごめ……抱き着いてたから、ブラックも濡らしちゃったわね……」
湿ったブラックの服を触りながら、リーフは悲しそうにしている。
「大丈夫! 俺様は着替えるだけでいいし! 風呂上がったら、温かいお茶用意して待ってるから☆ ね☆」
「うん……ありがとう」
リーフは安堵した笑みを浮かべると、その場から立ち上がり、風呂の準備をして、部屋を出た。
「……あの頃も……母様が散々泣いて風呂から出たあとに、こどもだったけど、お茶入れてホッとさせてたな……まあ、あの経験が役に立ちそうで良かった!」
ブラックが大きな独り言を言っていると、どこからかグスグスと泣く声がした。
「え?? すすり泣き?? どこから……」
声の聞こえる方にはクローゼットがあり、半開きのドアを開けると、中で泣いているスロウの姿があった。
「うわ!! スロウ! 何してんの!?」
「……ごめん……服の整理してたら……なんかはじまっちゃったから……出るに出られず……」
「にゃはは☆ 居ないなと思ったらこんなとこに☆」
明るく返してくるブラックに、スロウは涙を拭きながら続ける。
「……ブラック……良い奴……だね……」
過去を聞かれてしまい、ブラックは照れた様子を見せた。
「恥ずかしい……」
顔を片手で覆っているその様子を見て、スロウは申し訳なさそうに言う。
「……全部聞いて……ごめん……」
「いいよ……大丈夫」
(俺様の一番話したくないのは……この事じゃないけどね……窃盗の……部分……さすがに今は、そこの事は……言えないな……)
ブラックはそう考えながら、フェードの顔を思い出していた。
「俺も……普段……リーフを守ってるから……安心して……。四六時中は……無理だけど……」
そう言われ、ブラックは嬉しそうに微笑んだ。
「スロウはやる時はやる奴なんだね! おじいちゃんみたいなとこもあるけど!」
ブラックが仲間になってからも、スロウは虚弱体質により、体の痛みを訴える事は日常的にあったのだった。
「……今すでに……最初変な態勢で……中に居たから…………腰が……痛い……」
「やっぱおじいちゃんじゃん!」
腰の痛みに、スロウは苦痛の表情を浮かべる。
「……おじいちゃんじゃないし……俺……二十六だよ……」
「俺様の一個上じゃん! しっかりしてよ!」
仕方がないので、ブラックは動けないスロウをひっぱり起こそうとした。
「!! ……ゆっくり……お願……い……」
動かされると発生する腰の痛みに、青ざめているスロウの表情を見て、ブラックは吹き出してしまった。
「ふはっ! もー☆」
今度はゆっくりとひっぱり、無事にスロウを立たせる事に成功した。そして、リーフが戻ってくるまでにお茶を淹れ、二人は相手を待った。
「良い香り……」
風呂から戻った相手が部屋に入った瞬間、ぽつりと漏らすほどのお茶。スロウとリーフはゆっくりとそれを口にすると、その味に驚いた。
「え? お茶、めちゃくちゃ美味しい! あんたどれだけ母親に淹れてたのよ!?」
「うわ……ホント美味しい……風味が……すごい……」
驚く二人に、親指を立てて、得意げな顔でブラックは言う。
「この道のプロですね☆ なんちゃってー☆」
苦労していた過去を持つブラックに同情したスロウは、相手をじっと見つめる。
「今度……肩……揉んであげるね……」
「え? 逆じゃなくて??」
頻繁に体を痛めているスロウは、普段揉まれる側なので、ブラックはきょとんとした。
「もう……人がせっかく……優しくしてあげようとしたのに……」
「にゃはは☆ ごめんごめん☆ ありがとー☆ スロウ☆」
「うん……」
二人のやり取りに、横で見ていたリーフは嬉しくなった。ブラックが仲間になった事で、このパーティにも、少しずつ変化が起きそうな予感がしていた。

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