第二十一話 「ヤキモチ②」

【恋愛ファンタジー小説】『千の希望』第二十一話 「ヤキモチ②」[アイキャッチ]

 クリアーに抱きしめられたフィックスは、しばらく頭が真っ白になり、固まってしまっていた。
 眠気も一気に吹き飛び、完全に目は覚めている。
(こ……これ……どうしたら……)
 フィックスがそう考えながら、クリアーの体温を感じていると、段々と、相手の速くなった心音が伝わってきた。
(そんな緊張すんのに提案に乗るとか……どれだけ妬いて……ったく、俺の気も知らねえで……)
 自分に抱き着いているクリアーを、フィックスもゆっくり抱きしめ返した。その行動に驚き、クリアーは一瞬、大きく体を振動させた。
(今、すごくビクッとした……)
 フィックスはそう思ったが、離れず、そのままの態勢で続けた。
「嫌だろ?」
 その問いに、クリアーは即答した。
「嫌じゃない!」
「ビクッとしたじゃん」
 驚いた事を何と言えばいいか、クリアーは考えた。
「ボク……男の人と、こんなふうに抱き合ったのはじめてだから……ビックリしただけ……」
 そう言われ、フィックスは疑問に思う。
「え? 割と抱きしめてねえ?」
「え?」
「崖から落ちた時とか」
 コールと旅に出てしばらくして、ブラックと対峙した時に、フィックスは崖から落ちそうになったクリアーを庇う為に、抱きしめて守りながら一緒に落ちた事があったのだった。
「あんな状態じゃ、よく覚えてないよ!」
 変な例を出され、やや怒り気味にクリアーは叫んだ。しかしフィックスは気にせず、また別の例を出す。
「……あと……イタズラした時とか……」
 その時はまだ好きだという自覚はなかったものの、クリアーがコールを抱きしめたと聞かされ、フィックスがヤキモチを焼き、抱きしめるというイタズラをした事もあった。
「……あの時は、ボクが抱きしめるって意志……なかったもん」
 過去を思い出しながら、クリアーはぽつりと言う。
「そうだよな…………自分が抱きしめるって意志があるのとないのとじゃ……雲梯の差だよな……」
「……」
 クリアーは、言われてみれば色々あったなと思った。そしてフィックスは、さらに別の出来事を例に出した。
「じゃあ、泣いてた時に抱き合ったのは?」
 今度はロスト達と集まって話をした日に、クリアーが記憶が戻るのを不安になり、フィックスに泣きついてきた時の事を持ち出した。
「泣いてた時は余裕ないし、そんな時に、今抱き合ってる、なんて自覚ないし……」
 その時の事を思い出しながら、クリアーはゆっくりと答えた。
「ま、まあ、そっか……」
(俺は毎回……めちゃくちゃ意識してるけどな……)
 フィックスはそう考えながら、最初のクリアーの発言から、自分を異性だと自覚はしている事に気づいた。
「てか……一応男の人っていう認識なんだな……」
 その言葉に、クリアーはきょとんとする。
「女の人だったの??」
「違うけど……男だよ……」
 そう言うと、フィックスはさらに強く、クリアーを抱きしめた。
「!」
「クリアーも……もっと抱きしめて?」
 フィックスのその要求に、クリアーは慌てた。
「えええ!?」
 あまりにも驚くので、フィックスの方が逆に驚いてしまった。
(ビックリし過ぎじゃね? 軽くショックなんだけど……)
 やっぱりやり過ぎかと思い、フィックスは少し寂しそうな声を出す。
「嫌なら……」
「嫌じゃない!」
 クリアーは、ふんわりと入れていた力を、よりハッキリ出し、さっきよりも強い力でフィックスを抱きしめた。緊張が強いのか、体が少し震えている。そんなクリアーに対し、フィックスは胸の奥が熱くなった。
(ああ、もうコイツホント……好きだなー……男だって思ってなかったら、はじめて会った時からコールが来るまでの間に、絶対口説き落としたのに!! 俺がビビらせたせいだけど、いらん嘘つきやがって……)
 互いの温もりを感じながら、二人はそのまま、しばらく抱き合っていた。だがフィックスには、徐々に黒い感情が胸に沸き起こってきていた。
(なんで俺……こんな状況で色々我慢してんだろ……もういいじゃん、こんなに好きなんだし……)
 そう思ったフィックスは、体を少し離す。
「フィックス?」
 クリアーが不思議そうに見てくるので、そのまま見つめ合っていると、フィックスは相手の唇に、ゆっくりと顔を近づけはじめた。
「?」
 どういう意味の動きかを予想できていないクリアーは、きょとんとして見続けた。互いの唇が、あと少しで触れそうになった瞬間、フィックスは急に顔を背け、そのままクリアーの肩に顎を乗せた。
(って……あぶね!! 今、完全に魔が差してた!! キスするとこだった!!)
 自分のしようとした事に、フィックスは驚いた。
「フィックス??」
 訳がわからず、クリアーは混乱しているが、冷静になってきたフィックスは、感情に飲まれるのではなく、しっかりと頭を使い考えはじめた。
(クリアーへの気持ちは、そんな弱いもんじゃねえだろ! まだ好きだとも伝えてないのに、何理性飛ばしてんだよ! しっかりしろ!! 俺っ!!)
 考えがまとまると、フィックスは顔を上げ、クリアーの両肩を掴んだ。
「クリアー!!」
「は、はい!」
 フィックスはクリアーを、強い目で、真っ直ぐ見つめた。
「俺はお前の事、大事に思ってる!! これからも大事にする!!」
「フィックス……」
 クリアーはフィックスの強い気持ちに、少し胸が熱くなった。
「仲間はみんな大事だって思うけど……その……お前は……ちょっと、特別だから……それは覚えといて」
 照れくさそうなフィックスを見つめながら、クリアーは答えた。
「特別……うん!!」
 クリアーは笑顔で、フィックスにまた抱き着いた。
「!!」
(なんで……抱き着いて……)
 フィックスがそう思っていると、クリアーは嬉しそうに続けた。
「ボクね……フィックスの事……」
「え……」
 その言葉の続きを想像し、フィックスは胸が激しく高鳴った。そしてクリアーはとても嬉しそうに微笑むと、大きな声で言った。
「家族みたいに思ってるんだ!」
 しかし、続く言葉は、フィックスの想像とは違うものだった。
「…………家族? へ?」
 クリアーは体を少し離して、フィックスを見つめた。
「カレンさんとフィックスと村に居た時、家族が居たらこんな感じなのかなって思ってた」
「お……お父さん的な??」
 相手にそう言われ、クリアーは眉間にシワを寄せた。
「流石にそれは……お兄さんとお姉さんだよ!」
「ああ、兄妹きょうだい……」
 そうつぶやくフィックスを見つめながら、クリアーは、優しく微笑んで続けた。
「記憶なくて不安だった時にカレンさんと……フィックスもなんだかんだ言いながらも優しくしてくれて……安心して五年間生活できたんだ……ありがとう」
「クリアー……」
 フィックスの脳裏には、クリアーと過ごした五年間の思い出が蘇っていた。
「ボクが考えすぎて、ひとりで不安になっちゃう事はあったけど……へへ! でも特別って家族って事だよね! ボクもそう思ってたから、嬉しい! フィックスが言ってくれたずっと一緒に居るって、家族としてって意味だったんだね!」
「!!」
 クリアーの満面の笑みを見ながら、フィックスは思う。
(……こんな喜んでたら、俺は違えよ! とは言えねえな……)
 そして、小さなため息をついてから続けた。
「…………ちょっと……お兄ちゃんって呼んでみて?」
 言われるがままに、クリアーは返す。
「? お……お兄ちゃん?」
 一人っ子で、妹か弟が欲しかったフィックスは、これはこれで……なかなかイイ……とも、思ってしまった。
(……まあでも……やっぱ恋人が一番……いいんだけどな)
 一度相手から顔をそらし、長く息を吐いたあと、フィックスはもう一度クリアーを見つめる。
「……あと、ついでに言っとくとさ……」
「ん?」
 フィックスは今まで言えなかった自分の気持ちの一部を、クリアーに伝える事にした。
「…………お前が『はくの村』出るのについて来たけどさ……心配ってのはもちろんあったけど……その……なんだ……お……お前と……離れたくなかった……んだと思う……」
「へ……」
 最初はしっかり目を合わせて言っていたが、耳まで真っ赤になり、最後はそっぽを向いてしまったフィックスを、クリアーは強く愛しく感じていた。
「……フィックス、かわいい!」
「かわいいとか言うな!!」
「お兄ちゃん!」
 離れたくないと思ってくれていた気持ちも嬉しくて、クリアーはフィックスに、また抱き着く。
「っ!!」
(なんか色々方向を間違えてる気もするけど……俺は俺で……こいつにできる事……するしかねえな…………兄妹愛が……確定してしまった……)
 フィックスはそう考えながらも、クリアーが自分を大事な家族だと思っていた事には、素直に喜んだ。
「ありがとな、クリアー。でも、今日の事は恥ずかしいから、みんなには言うなよ」
 そう口止めされ、クリアーはフィックスから少し離れ、顔を見た。
「今日の事って?」
 きょとんとするクリアーを見ながら、フィックスは思う。
(ブラックとか、絶対、意気地なしとか散々からかってくるだろうし……)
 フィックスはさっきまでの流れを思い出して、赤面しながら続けた。
「……ハグしたのを……だよ……」
「内緒?」
 首を傾げて言うクリアーの口元に、人差し指を当てて、フィックスは答える。
「内緒」
 照れた様子で、じっと自分を見つめるフィックスに、クリアーは笑って言った。
「フィックス恥ずかしがり屋さんだね! わかった!」
 長く話している間に、洗濯場には誰も居なくなっていた。
「お! いつの間にか空いてたな」
「ボクもタオルとか洗うの手伝うよ!」
「おう」
 先に立ち上がったフィックスは、一緒に座っていたクリアーに手を差し伸べ、引っ張り起こした。
 それから、互いに笑顔を交わしながら、一緒に洗濯物を洗って干した。日差しが気持ちの良い、爽やかな日だった。
「良い天気だね!」
「そうだな」
(こいつにとっては、仲の良い兄とハグした日……くらいにしか思ってねえだろうけど……)
 フィックスは、青く澄んだ空を見上げているクリアーを見つめた。
(俺にとっては好きな女と……ちゃんと抱きしめ合った日なんだけどな……兄妹の家族じゃなくて、夫婦の家族になりてえなあ)
 そう思ったが、現状ではそうなるのはほとんど無理なので、フィックスは俯き、大きなため息をつく。
「はー……」
「フィックスおじいちゃんみたい」
「え?」
 クリアーにそう言われ、フィックスは顔を上げた。
「ふふ!」
 からかうように笑うクリアーに、フィックスはまた、笑顔になった。

 そして、その日の夕食時、珍しくフィックスが買ってきたデザートが食卓に出ていた。
「コールこれ食べる? 俺、もういいから」
 フィックスは、レーズンの入った器を相手に差し出した。
「ありがとうございます!」
 果物の中でも、特にぶどうが好きなコールは、それを喜んで受け取った。コールがクリアーをどう思っているかハッキリわからないが、もし好きだったらと思うと、今日の事にはちょっと罪悪感があった為、罪滅ぼしの気持ちでの行いだった。しかしコールは、その事には全く気がつかなかったのだった……。

 一方、ロスト達も、同時刻に別の宿で夕食を食べていた。
「スロウ」
 ロストに呼ばれ、スロウは食事の手を止め、相手を見る。
「はい?」
 スロウを見つめ返し、ロストは真剣な表情で言った。
「……今日、クレアと話した」
「え?」
 そう聞いて、きょとんとしたスロウを、ロストは無言で見続ける。
「……」
 スロウはしばらくパチパチと瞬きをしてから、ロストに笑顔で返した。
「よかったですね……話せて。……何……話したんですか?」
 遊んだことは言いそうにないので、ロストは自分から聞く事にした。
「……この間、スロウとカフェに行ったと聞いた」
「!!」
 今度は目を見開いて、スロウは固まった。そして、それを見ていたリーフが口を開く。
「あら? 遊んだ事、言わなかったの?」
 リーフはもぐもぐと肉を食べながら、首を傾げた。
「あ……いや……その……ロスト様……」
 相手をなだめるかのように両手をウロウロと動かしながら、落ち着かなくなったスロウは、ロストを見る事ができず、目が泳ぎっぱなしになった。
「……」
 やっと、ちらりと見たロストは、眉間にシワを寄せている。
(ロスト様……怒ってる!?)
 不安そうに自分を見つめるスロウに、ロストは言った。
「スロウ」
「はい!」
 スロウは激しい動悸を抑えながら、ロストの言葉を待った。
「……お前の事だ、言えば私が、ヤキモチを焼くとか、羨ましがるとか、悲しむとか、色々思ったんだろう?」
「え?」
 ロストは、顎に手を添えて続ける。
「羨ましいは、ない事はないが……ヤキモチを焼いたりはしない」
「そう……なんですか……」
 怒られるかと思ったスロウは、小さくため息をつき、ホッとした。
「お前は別に、クレアに惚れているわけではないのだからな」
「……」
 その言葉に、スロウは自分の中の何かがしっくりこなかった。その事に気がつかないロストは、少し微笑み、応援するように言った。
「信用しているから、安心してクレアとの仲を深めてこい」
「え!?」
 驚くスロウに、ロストは計画を話し出す。
「クレアは私を警戒しているが、スロウとリーフの事は警戒していない。だから、お前達がクレアと仲良くしてくれれば、私がクレアに近づきやすくなる」
 リーフは指を立てて、ゆっくりと何度も頷いた。
「なるほどー★ 外堀を埋める感じですね!」
「ああ」
 その作戦を聞き、スロウは思う。
(確かに俺……クレア様に……惚れてるわけじゃ……ない…………だけど……言えなかったのは……ちょっと罪悪感……あったからだ…………でも……ロスト様がそう言ってくれるなら……)
 スロウは、真っすぐロストを見て続けた。
「はい……できるだけ……仲良くしてみます」
「頼んだぞ」
 微笑むロストに、スロウは大きな声で返事をした。
「はい!」
(今までは……監視のお願いのみ……だったけど……ロスト様公認で……仲良くしてって言われた……なら……ちょっと……頑張ろうかな……仲良く……なるの……クレア様と居ると……なんか楽しいし……)
 これからはロストにあまり遠慮しなくてよくなったので、スロウは肩の荷が下りた気がした。
「リーフもできるなら頼む」
 ロストにお願いされ、リーフも大きな声で返事をした。
「了解でーす★」
(ま、ライバルの事知ってないと、いつまでも勝てないものね……クレア様と仲良くなって、私がクレア様に勝てるとこ、探そーっと★)
 リーフはそう思い、自分なりの目標を立てていた。
「みんなで、クレアを取り戻そう!」
 ロストが拳を握って軽く上げると、スロウとリーフも同じく、拳を掲げる。
「はい!」
「はーい★」
 本心はバラバラだったが、なんだかんだで団結しているロスト達だった。

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