ショートストーリー 「みんなでお揃い」

 夕食を済ませ、風呂の順番を待っている間に、フィックスはベッドの上に服を広げ、整理をしていた。
「ん?」
 首を傾げている相手を、コールは不思議に思った。
「どうしたんですか?」
 フィックスは、服を指さして続ける。
「いや……シャツが一枚なくてさ」
 コールはフィックスに近づき、一緒になって服を見た。
「外に干しっぱなしとかですかね?」
「いや、違うと思うけど……んー??」
 なぜか寝巻用のシャツが一枚ないのだが、フィックスには心当たりはなかった。
「ただいまー☆」
 その時、風呂からブラックが戻ってきた。よく見ると、いつもより少し大きめの白シャツを着ている。
「あ! お前それ、俺のシャツ!」
 指をさして驚くフィックスに、ブラックは笑顔で答えた。
「うん☆」
「うんじゃねえよ! 何勝手に着てんだよ!」
 大きな足音をたてながら、フィックスはブラックに近づいた。
「服の洗濯忘れてて、着替えなくってさー☆」
 にこにこと、笑顔で言うブラックに、フィックスは叫んだ。
「だからって俺の勝手に使うなよ!! ……てか、お前シャツ二枚しか持ってねえけど、洗濯間に合わなくねえか?」
 ブラックはベッドに座って続けた。
「そう☆ だから今、まさにその状態☆」
「もっと買えばいいだろ。雨の日とかもあるんだしさ」
 そう提案するフィックスにブラックは、急に目を潤ませて、悲しそうな顔をした。
「だって……泥棒やめちゃって……お金ないし……新しいシャツ……買えない……」
 同情を誘おうとするブラックを、フィックスは冷めた目で見た。
「元々そんな泥棒してなかったくせに……金ねえの俺のせいみたいに言うなよ」
「だってー」
 フィックスは腕を組んで、ブラックを睨んだ。
「お前もなんか仕事すりゃいいだろ!」
「面倒ー」
 そう答えたブラックは、まだ少し濡れている自分の頭を拭き、タオルをじっと見つめた。
「俺様のタオルも、もう何年も使ってて、ボロボロだしなー」
 所々ほつれた使い古しのタオルが、さらに同情を誘う。
(こいつ結構、物を大事に使うタイプだもんな……)
 フィックスはそう思いながら、ブラックの横に座った。
「わかったよ……タオルとシャツ、新しいの買ってやる」
「ホント!?」
 ブラックは、ぱっと晴れたような笑顔になった。
「勝手に俺の使われると困るからな……」
 冷めたような目で、フィックスはブラックを見る。
「ありがと☆ 棒兄ちゃん☆」
 満面の笑みで、ブラックはフィックスを見つめ返した。
「明日買いにいくぞ」
 フィックスにそう言われ、ブラックは万歳をして喜んだ。
「わーい☆ 棒兄ちゃんとデート☆」
「何がデートだよ……ったく」
 そんな二人のやり取りを、コールは笑顔で見つめながら思う。
(ブラックさん、良かったですね。フィックスさんは、本当に面倒見がいいなあ)
 仕方がないので、フィックスは一日だけ、そのままシャツをブラックに貸したのだった。

 翌日、朝食後に、フィックスとブラックは外出の準備をしていた。
「お前は、ホントに行かなくていいのか?」
 フィックスがそう言うと、クリアーは笑顔で答えた。
「うん! 今日はみんなのタオルとか布巾の洗濯しておくよ!」
 横に居るコールも、笑顔で答える。
「オレも、クリアーの洗濯手伝います」
 コールとクリアーは、笑顔で見つめ合った。
「ありがと、ついでに買い出しもしてくるな。じゃあ行ってくる」
 準備を終えたフィックスは立ち上がり、肩掛けのカバンを持って歩き出した。
「クリアーちゃん☆ コールくん☆ いってきまーす☆」
 ブラックは笑顔で二人に手を振った。
「いってらっしゃい!」
「二人とも、いってらっしゃい」
 クリアーとコールに見送られながら、フィックスとブラックは宿を出た。

 晴れた天気の下を歩きながら、ブラックは頭の後ろで手を組んで、話し出した。
「いいの? 二人っきりにしてー」
「あ? 別に家事してるだけじゃん」
 淡々と言うフィックスに、ブラックは続けた。
「家事してる時に、手と手が触れあって……キュン☆ みたいになるかもよ?」
「アホか……そんなのいちいち気にしてられるかよ」
「余裕だねー☆」
 そんなに余裕があるわけではないが、あまり気にしても生活しづらいので、フィックスは気にしないように頑張っていた。
「別に……」
「俺様は棒兄ちゃんを応援するよ☆」
 ブラックはフィックスの横で、にこにこと、笑ってみせた。
「はいはい、ありがとよ」
 特にブラックに期待をしていないフィックスは、適当に礼を言う。そんな会話をしている間に服屋に到着した二人は、さっそく店に入った。
 そして、店内でシャツを物色し、ブラックは服を体に当てた。
「これどうー?」
 ブラックは笑顔で、フィックスの答えを待った。
「柄物は高いだろ……白か黒にしろよ」
「えー! おしゃれしたーい」
 ブラックのその言葉に、フィックスは眉間にシワを寄せる。
「いつも黒シャツのクセに何言ってんだよ……」
「にゃはは☆」
 ブラックはその名の通り、基本いつも黒の服を着ているが、フィックスは相手をじっと見つめ、しばし考えた。
「……まあでも、水色とか似合いそうだな、お前」
「え?」
 フィックスは近くにあった水色のシャツを手に取り、ブラックに当てた。
「ほら」
「お! イイねー☆ 棒兄ちゃんも似合いそうじゃん!」
 今度はブラックが、フィックスに服を当てる。
「俺は何着ても似合うんだよ」
 そう言うフィックスに、ブラックは爆笑した。
「あっはは!」
「何で笑った??」
 楽しそうに、ブラックはフィックスを見つめる。
「それはイケメンにしか言えないセリフだよー☆」
「遠回しにイケメンじゃないって言うな……」
 フィックスがそう返すと、ブラックは水色のシャツを、もう一度自分に当てた。
「このシャツいいなー☆」
「……じゃあ、それ買う?」
 さっき安いシャツにしろと言われたので、ブラックは首を傾げた。
「いいの? 白黒シャツより少し高いよ?」
「…………似合ってるしな」
 少し照れくさそうに答えたフィックスに、ブラックは満面の笑みを見せた。
「わー☆ うれしー☆」
「あとは追加で、黒四枚くらいでいいか?」
「うん!」
 近くにあった黒シャツを、フィックスは四枚手に取った。
「よし……じゃあ買ってくる」
 フィックスが移動しようとするが、ブラックは先ほどの水色のシャツを見ている。
「? ……それもう買っただろ?」
 そう言われ、ブラックは少しぎこちなく続けた。
「……棒兄ちゃんも、買わない?」
「え?」
「お揃いしたい☆」
 それを聞いたフィックスは、困った顔をした。
「なんで男のお前とお揃いしなきゃなんないんだよ……」
 ブラックは服を当てたまま、その場で嬉しそうに、片足を軸に一回転した。
「俺様そういうの好きなんだよね☆ ペアアクセサリーは、その時一番の女の子とだけって決めてるけど☆」
「言い方……彼女って言わないとこがチャラいよなあ……」
「だってー」
 駄々をこねるブラックを無視し、フィックスは歩き出した。
「ほらいくぞ」
「……うん」
 しかし、ブラックはシャツを見つめたまま、悲しそうな顔をしている。
(そんながっかりすんなよ……俺が悪いみたいじゃん……)
 そう思ったフィックスに、ひとつの案が浮かんだ。
「…………あ!」
「え?」
「俺とお前でペアはどうかと思うけど……コールとクリアーのも買って、みんなで着るなら……」
 フィックスの提案に、ブラックは瞬時に笑顔になった。
「え!? いいよ全然! それでも!」
「……なら」
 コールとクリアーの分のシャツを、フィックスは手にし、また歩き出した。
「いくぞ」
「……うん!!」
 タオルも追加して会計し店を出たあとは、ブラックがウロチョロする中、買い出しを済ませた。

 宿に戻ると、フィックスは食料や服などの荷物を、テーブルに置いた。
「あー、疲れた」
 ため息交じりのフィックスに、クリアーが笑顔で近づく。
「お疲れ様!」
「おう。……あ、そうだ、コールもこっちきて」
 呼ばれたコールは、急ぎ足でこちらに近寄った。そしてフィックスは、シャツを取り出し、二人に差し出した。
「これ、コールとクリアーに」
「え? ボクの分??」
 首を傾げるクリアーと一緒に、コールも首を傾げた。
「オレのもですか??」
「ブラックにお揃いしたいって、ねだられたからな」
 コールとクリアーがシャツを受け取ると、ブラックが後ろから顔を突き出した。
「ねー☆ お揃いしようよ☆」
「じゃあ、夜みんなで着ましょう」
 そう言うコールに、ブラックは笑顔で返す。
「うん☆」
 お揃いのシャツ。ブラックは、今から夜が楽しみで仕方なかった。

 日が落ちて、夜になると、風呂を済ませた一同は、みんなで同じ水色のシャツを着た。
「にゃはは☆ みんなお揃い☆」
 嬉しそうなブラックに、フィックスが答える。
「お前がお揃いとか言ったんだろ……」
 コールは服の裾を持って広げ、少し照れくさそうにした。
「なんか照れますね」
 クリアーも真似して服を広げ、コールを見た。
「でも楽しいね!」
「うん!」
 その時、三人はフィックスの方を一斉に向いた。
「棒兄ちゃん!」
「フィックスさん」
「フィックス」
 一斉に声をかけられ、フィックスはきょとんとした。
「え?」
 そして、三人は同時にお礼を言った。
「「ありがとう!」」
 フィックスは嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔を赤らめて、返事をした。
「おう……」
 でもその口元は、嬉しそうに微笑んでいた。

 後日、コールとクリアー、フィックスとブラックで、着るタイミングが被る事が判明した。
「なんでお前とばっかり被るんだよ……」
 嫌そうな顔でフィックスが言うのに対し、ブラックは笑顔で答える。
「ホントにペアになっちゃったねー☆」
 フィックスの肩にドンとぶつかり、ブラックは嬉しそうにした。
「俺はクリアーと被りたいわ……」
「にゃはは☆」
 フィックスの恋愛運はいまいちだが、友情は深まった二人だった。

◇第一話から読む◇

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