クリアーが『白の村』に来てから数日後、この日フィックスは、カレンの家で書類整理を手伝っていた。
「ふー! やっと一段落ね!」
カレンはテーブルの上に、書類をバサリと置くと、一息ついた。
「おう」
フィックスも書類を束ねて置き、一息つく。
「ごめんね、忙しくて書類溜まってて」
申し訳なさそうに言うカレンに、フィックスは淡々と返す。
「いいよ。金もらえるし……」
村長の娘であるカレンは、村の管理などをしていたが、多忙な時はフィックスに給料を払い、作業を手伝ってもらっていたのだった。
「休憩にクッキーでも食べましょう!」
「そうだな」
手を洗い、クッキーを皿の上に置くと、カレンはその中から数枚取り、小さな布に包んだ。
「ねえ、クリアーにクッキー渡してきてくれない? 家に居ると思うから」
カレンのその言葉に、フィックスは目を見開いた。
「俺が?」
「私、その間にお茶淹れるから」
「…………わかった」
フィックスは、包んだクッキーを持って、クリアーの家に向かった。
カレンとフィックスの家の間にある、クリアーの家の前で、フィックスはしばらく立ち止まっていた。
(くっ……あいつとはあれからほとんど話してねえし……絡みにくいんだけどな……男だったのに、女だと思って告白するなんてなあ……けど、カレンと仲良い以上……絡まねえってのも無理だし……仕方ねえ……)
ぐるぐると考えていたが、覚悟を決めて、フィックスはドアをノックした。
「おい、俺だー」
その声を聞いて、中からクリアーが出てきた。
「あ……」
「……よお」
クリアーは緊張し、目を泳がせ、小さな声で言った。
「……な……何?」
「これ、カレンから」
小さな布を手渡すと、中からふわっと、甘い香りがした。
「クッキー……ありがとう!」
「甘いもん、好きなのか?」
「うん!」
嬉しそうにするクリアーを見つめ、フィックスはぶっきらぼうに続ける。
「ふーん……じゃな」
手を軽く上げ、フィックスがその場を去ろうとした時、クリアーは一歩前に出た。
「あ、あの……」
「え?」
クリアーは、フィックスの肩に手を添えた。
「!!」
「ごみ……ついてた」
「お……ありがと……」
(ビックリした……)
ゴミを取る為とはいえ、急に触られて、フィックスはかなり動揺してしまった。
「……お前さ……どうよ?」
「え? ……どうって?」
「生活……」
相手のその言葉に、クリアーは首を傾げる。
「?」
「なんか……困った事とか……ねえの?」
フィックスが自分を心配してくれている事に気づいたクリアーは、ハッと目を見開いた。
「! ……えっと……カレンさんが……色々助けてくれるから……大丈夫……」
「そっか……」
しばしの沈黙のあと、クリアーが先に口を開く。
「あ……あなたは……カレンさんの幼馴染……ですよね?」
「おう……てか、あなたってなんだよ」
「へ?」
眉間にシワを寄せ、フィックスはムッとする。
「名前教えたろ」
「うん……」
「名前で呼べよ」
威圧するように腕を組み、フィックスはクリアーを睨んだ。
「え!? ……でも……あなたも……わた……ボクの事! ……お前って言うじゃない……」
その指摘に、フィックスはきょとんとする。
「あ? だって、クリアーって、カレンがとりあえずでつけた名前じゃん」
「……うん」
「記憶すぐ戻るかもしれねえのに、名前思い出して本名で呼ぶようになったら、途中で変えるの面倒くせえじゃん」
そんなにポジティブに考えていなかったクリアーは、言われてみて、そういう可能性がある事に気づいた。
「あ……確かに……」
「でも俺の名前は本名だから変わんねえし、あなたってのも、なんかさー」
「そっか……えっと……じゃあ……」
クリアーはフィックスを一度見て、目をそらし、恥ずかしそうにしながら、言葉を続けた。
「ふぃ……ふぃ……ふぃっく……す……さん」
顔を赤らめているクリアーに、フィックスは激しく驚く。
「!! ……な、なんでそんな恥ずかしそうに言うんだよ……」
「だって……はじめて相手の名前呼ぶときって……なんか……恥ずかしくない?」
シャイなクリアーはそう思うようだったが、誰にでも瞬時に距離を縮めるフィックスには、その発想はよくわからなかった。
「恥ずかしくねえよ……てか、そんな赤くなってたら、こっちが照れるわ……」
「ごめん……」
頬を両手で抑え、赤くなって俯くクリアーに、フィックスは胸が高鳴っていた。
「いいけどさ……あと、さんとかいらねえし。じゃあはい、もう一回」
「え!? えっと……フィック……ス」
その反応を見て、フィックスは思う。
(この顔面から俺の名前呼ばれるの……めちゃくちゃ良いな……)
「おう」
クリアーは、手をもじもじさせながら続けた。
「あ……あなたはカレンさんの幼馴染だから……その」
クリアーがそこまで言うと、フィックスはなぜか、無言になった。
「?」
きょとんとしているクリアーに、フィックスはゆっくりと顔を近づける。
「またあなたって言った」
「!? だって!」
無言で自分を見つめるフィックスの圧に負け、目をそらし、クリアーは続けた。
「ふぃ……ふぃ……フィックス……は……カレンさんの幼馴染で……」
その様子を見ながら、フィックスは思った。
(やべ……おもしれえ……なんか……楽しいんだけど!)
「おう、幼馴染だな」
内心楽しんでいるフィックスとは反対に、クリアーは不安そうにしていた。
「だから……これからも……話すかもしれないけど……」
「うん」
クリアーは俯いて、ぽつりぽつりと伝える。
「けど……その……ボクの事は……あんまり……気にしないでください!」
「え??」
俯いたまま、クリアーはそのまま無言になってしまった。そんな相手の態度に、フィックスは苛立つ。
「どういう意味だよ……俺に話しかけられたくねえって?」
その言葉に、クリアーはバッと顔を上げた。
「!! 違う! あの……あなたは……」
「……」
今度は、またフィックスが無言になった。そんな反応を見て、クリアーはさっきの事を思い出し、ハッとする。
「あっ! えっと! ……フィックスは!」
「くっ……」
(やっぱ面白い……)
そう考えながら、笑いを抑えて、フィックスはクリアーの言葉を待った。
「……か……カレンさんの幼馴染だけど……ボクとは、関係のない人だから!」
「は? ……なんだよそれ……」
「だって……関係ないし……」
手をモジモジと動かしながら、俯くクリアーを凝視しながら、フィックスは思う。
(確かに関係ねえけど……だから近づくなって言われると……むかつく!)
「お前、俺の事嫌いなの?」
「え!? 違うよ! そうじゃなくて!」
焦るクリアーに、フィックスは少し安堵する。
(嫌いではないのか……なら……)
「どうせカレンに今後も色々頼まれると思うし、気にしないとか無理だろ」
そう言うフィックスに、クリアーは困った顔をして俯く。
「……」
(なんで困ってんだよ……そんなに俺と関わりたくねえのか?)
あれこれ考えるのが面倒くさくなったフィックスは、我慢するのを、やめた。
「あーもう! 知らねえし! お前の気持ちなんか!」
「え……」
フィックスはクリアーに、指をさして叫ぶ。
「俺は俺で好きなように絡むから! お前はお前で適当に対応しろ!」
「えええ……」
「俺に興味ねえかもしんねえけど、嫌いじゃないならいいだろが」
その発言に、クリアーはつぶやく。
「……違う」
「あ?」
「興味ないとか嫌いとかじゃなくて……」
声が小さすぎて聞き取りずらいので、フィックスはクリアーに近づいた。
「じゃあなんだよ」
その時、クリアーは顔を上げ、泣きそうな顔でフィックスを見つめた。
「カレンさんにも……すっごく迷惑かけてるのに……あなたにまで……かけられないよ!」
その内容に、フィックスは目を見開いて驚いた。
(な! ……気遣ってたのか……てっきり、急に告白したせいで、ヤバい奴だと思われて警戒されてるのかと思ってたぜ……)
そう考えたあと、フィックスはクリアーの言葉を思い出した。
「てか……またあなたって言った」
「え!」
「やり直し」
一生懸命に伝えたのに、フィックスはなぜか、全然違う部分を気にしていて、クリアーはあっけにとられていた。
「えええ……」
「はい、せーの」
間髪入れずに急かしてくるフィックスに、クリアーは激しく焦る。
「ちょっと待って!」
「ぶふっ!」
(面白!)
ついに吹き出してしまったフィックスだったが、そこへ、一人の村人が近寄ってきた。
「やー! フィックス!」
「お、よう」
その村人は、フィックスと同い年くらいの男性で、クリアーを見て、にやにやしていた。
「この子が最近きたって子? 噂通り、すっごい美人じゃん!」
「あ……美人だけど……こいつは……」
男性はクリアーに近づき、嬉しそうに大声を出した。
「俺、今恋人募集中でさー! よかったら、名前教えてー!」
「ひっ!」
クリアーは相手に驚き、フィックスの後ろに隠れてしまった。
「あれ? どうしたの?」
男性が不思議そうな顔をしているのを見て、フィックスは思う。
(やべ……やっぱ俺のせいで……言い寄ってくる奴を、異常に警戒するようになってる? それとも元々……か? いや、男に言い寄られたら、俺も逃げるかも……)
「いや、こいつ男だから」
そう聞かされ、男性は激しく驚く。
「え!? 男!?」
「はい! 男です!」
フィックスの後ろから顔を出し、クリアーは相手に、ハッキリと言った。
「えー……マジでー……信じられない……」
その反応に、クリアーは思う。
(だって私……女だもん……)
男性はしばし固まっていたが、気を取り直したような顔をしてから、口を開いた。
「そっか、じゃあいいや! ごめん、今の忘れて! じゃあねー!」
相手が去ると、クリアーはそっと、フィックスの背後から出た。
「……わりいな、悪気とかねえんだけど、って……俺もだったけど……」
もごもごと言うフィックスを見つめながら、クリアーは考える。
(やっぱりああいう人多いんだ……ずっと……ちゃんと男のフリしないと……)
「ボクは男だから……答えられない!」
クリアーはとりあえず、精いっぱい拒絶の意志を伝えた。
「!! ……そ……そうだな……うん」
(なんで……なんかちょっと……悲しい気持ちになるんだ……俺は)
フィックスはそう思いつつ、軽く俯いた。
「あ……クッキーありがとう……じゃあボク、戻るね」
「おう」
去ろうとするクリアーに、フィックスは小さく声を出した。
「……クリアー」
「え!?」
今まであまり、名前を呼んでこなかったフィックスに急に名を呼ばれ、クリアーは驚く。
「……そっちが呼んだ以上……名前……俺もちゃんと呼ぶよ……」
「あ……うん!」
(お前って呼ばれるより……カレンさんにつけてもらった、クリアーって呼んでもらえた方が……ここに居ていいって言われてるみたいで……嬉しい!)
クリアーはそう考えながら、満面の笑みを浮かべていた。そんな相手を見て、フィックスは思う。
(嬉しそうだな……めちゃくちゃ可愛い……くっそ……なんでこいつ……男なんだよっ!!)
そのあとも、フィックスは少しずつ距離を縮めようとするが、クリアーの反応が面白くて定期的にからかって怒らせてしまい、やっぱりなかなか距離の縮まらない二人なのだった。


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