クリアーから『千の力』の本音も聞け、安心したコールは、新しい街での仕事探しをはじめた。
コールとフィックスは仕事を見つけたので、今日の買い出しはクリアーが一人で行く事となった。ブラックは余計な物を買ってくる為、買い出しを禁止されており、部屋掃除を担当していた。
「じゃあ、ボクいってくるね!」
荷物を入れる肩掛けのカバンを持って、クリアーは掃除をしているブラックに手を振った。
「いってらっしゃーい☆」
手を振り返すブラックに見送られ、クリアーは宿を出た。
清々しく晴れた空の下、買い物リストを見ながら、迷子になる事も減ったクリアーは、順調に買い物をしていく。
そんな姿を、遠くから見つめる二人の人物が居た。
「ロスト様、クレア様となかなか進展しないわよねー」
ロストの仲間のリーフが、壁に隠れて、クリアーを覗きながら言った。
「そりゃ……記憶喪失中だし……」
もう一人の仲間のスロウも、眉間にシワを寄せながら答えた。
「ロスト様も色々遠慮しちゃってさー」
リーフのその言葉を聞いて、スロウは俯き、言いにくそうにしながら口を開いた。
「……リーフは……ロスト様とクレア様が……くっついても……いいの?」
「え?」
振り向き、リーフはスロウを見つめるが、相手は反応せず、俯いたまま続けた。
「そしたら……失恋じゃん……」
ロストの事が好きなリーフの気持ちを、スロウは少し心配していた。
「とっくの昔にフラれてるけどね★」
笑顔で返すリーフに、スロウは困ったような顔をした。
「そう……だけど……」
クリアーを遠目に見ながら、リーフは寂しそうな顔をする。
「ロスト様の幸せを考えたら、クレア様とくっついた方がいいんだろうけど……複雑よねー」
「……だよね」
リーフは、人差し指を顎に当てながら考えた。
「んー……誰かクレア様をかっさらってくれたらなぁ……」
そして、スロウに視線を移した。
「そうだ! あんたクレア様と付き合いなさいよ!」
「はあ!?」
妙な事を言われ、スロウは驚き、リーフを見た。
「クレア様、可愛い男性がタイプだし、あんた可愛い系だし、いいじゃない」
そう言うリーフに、スロウは呆れた顔で答えた。
「いいじゃないって……クレア様……多分……コールが好きなんじゃないの?」
「まあ……見てる感じ……ぽいわよねー」
腕を組み、眉間にシワを寄せているリーフを見たあと、スロウは再び俯いて、小さな声で言った。
「それに……俺が付き合うとか……ありえないじゃん」
「なんで?」
きょとんとするリーフを、今度は見もせず、スロウは、ぼそぼそとつぶやいた。
「ロスト様の……想い人なのに……」
「それがなかったら、付き合ってもいいって思うの??」
リーフにそう言われ、クリアーの事を割と気に入っているスロウは、俯いたまま、口を少し尖らせて、顔を赤らめた。
「…………」
「やっぱそうなんだー!!」
笑いながら、茶化すように言うリーフに、スロウは慌てふためいた。
「ちがっ! 見た目とか性格とか好みだけど……だからって!」
赤くなって動揺しているスロウを無視し、リーフは落ち着いた口調で続けた。
「大丈夫よ、問題ないわ★」
「何が!?」
遠くのクリアーに視線を移し、リーフはつぶやいた。
「そうと決まればさっそく……」
リーフは隠れていた壁から出て、大きな声で言った。
「クレア様ー★」
「!?」
大声で呼んだ事で、クリアーは二人に気づいた。
「あれ……リーフとスロウだ」
突然の行動に驚いたスロウは、リーフの肩を掴み、叫んだ。
「何やってんの!? 見つかっちゃったじゃん!」
「いいのいいの★」
呼ばれたクリアーが速足で二人に近寄ると、リーフは笑顔で挨拶をした。
「こんにちはー★ すごい偶然ねー★」
スロウも続けて、クリアーに挨拶をする。
「こ……こんにちは……」
(偶然じゃ……ないけどね……)
尾行されている事に全く気づいていないクリアーは、そんな二人に笑顔で返事をした。
「こんにちは!」
リーフもにこにこしながら、クリアーにさらに近づく。
「ねえねえ★ 今から一緒に遊ばない?」
計画にない突然の誘いに、スロウが驚き、叫ぶ。
「何言ってんのリーフ!」
それを聞いたクリアーも、はじめての誘いに対して、目を見開き、驚いたような顔をした。
「え? ……遊ぶって?」
「街をブラブラとかー★」
思いもしなかった急な誘いに、クリアーは少し混乱した。
「……」
そんな戸惑っているクリアーを見て、スロウが焦る。
「困ってんじゃん!」
「もー! スロウうるさい!」
リーフはスロウを手で押しのけ、再びクリアーの方を見て、笑顔で続けた。
「私達、あんまりゆーっくり話した事もないし、仲良くなりたいなーって思って★」
「え……」
口下手で人見知りなクリアーは、仲良くしたいと言われて、とても嬉しくなった。
「親睦深めましょー★」
終始笑顔のリーフに、クリアーも安心したのか、少し照れくさそうに答えた。
「う……うん」
(承諾……してくれたっ!!)
受け入れてもらえるとは思っていなかったスロウは、激しく驚き、お誘いが成功したリーフは、顔の横で手を組んで、嬉しそうにしている。
「決まりね★」
「あ、でも……この買い出しの荷物、宿に置いてきてもいい?」
クリアーは持っている肩掛けのカバンを見て言った。
「うん★」
「じゃあ、ちょっと待っててね!」
クリアーが宿の方に戻ろうと向きを変えた時、リーフが大きな声で引き留めた。
「あ! クレア様!」
「何?」
「今日遊ぶ事、他の人には内緒にしてくれる?」
「え?」
リーフとスロウは、ロストに頼まれてクリアーを監視しているが、コール達に自分達と遊んだ事を話されてしまうと、監視している事を知られる恐れがある為、先に口止めしておこうという魂胆だった。
「知られるの、なんか今は恥ずかしくってー★ 棒男とかはうるさそうだしー★」
そう言うリーフに、クリアーは仲間の事を、素直に話した。
「今日、コールとフィックスは仕事でいないよ」
「じゃあ大丈夫ね★」
内緒にしてほしい。その言葉に、クリアーは少しだけ不安になった。
(……あとでフィックスに報告しなくていいのかな……でも……別に、リーフとスロウって……悪い人ってわけじゃないし……)
少し考えた結果、クリアーは、内緒にしてというお願いを聞く事にした。
「わかった」
口止めが成功し、リーフは両手を挙げて、とても嬉しそうにした。
「決まりねー★」
「じゃあ荷物置いてくるね」
「はーい★ ここで待ってるわねー★」
クリアーは買い出しの荷物を置きに、宿に向かって速足で去った。しかし、リーフの一連の行動に、スロウが眉をひそめる。
「何……考えてんの……」
リーフの勝手な行動に、少し怒っている様子のスロウだが、それに対して相手は、全く動じないどころか、にこにこと笑っている。
「ふふ★ じゃあ、あとお願いね★」
そう言うとリーフは、その場から離れようとした。
「は!? ちょっと!!」
スロウが去ろうとするリーフの肩を掴むと、相手は振り返り、にやにやしながら、じっと見つめてきた。
「しっかりクレア様の好感度、上げるのよ★」
「え!!」
「あとはまかせた★ じゃねー★」
「ちょっ! リーフ!!」
リーフはスロウの手を払い、その場を立ち去ろうと歩き出した。
(まあ、スロウにクレア様を落とせるとか思ってないけど、面白そうだからいいじゃなーい★)
そう考えながら、リーフは去っていった。一人取り残されたスロウは、払われた手を下げる事なく固まったまま、唖然としていた。
「ま…………マジで……??」
一方、宿に買い出しの荷物を置きに戻ったクリアーは、まだ部屋の掃除をしていたブラックの姿を見つけた。
「お☆ クリアーちゃん、おかえり☆」
「ただいま!」
クリアーはテーブルの上に荷物を置き、続けてブラックに言った。
「ちょっとまた出てくるね!」
「買い忘れ?」
ブラックが不思議そうに聞くと、クリアーは一瞬、ビクッと体を振動させたが、目を少々泳がせながら答えた。
「そ、そんなとこ!」
不自然なクリアーの態度に、ブラックは思った。
(なんかちょっと嬉しそうだし……さてはクリアーちゃん……甘いお菓子を買い食いする気だな☆ よしよし、黙っててあげよう☆)
勘の良いブラックでも、ロストの仲間と遊びに行く事は、さすがに予想できなかった。
「了解☆ いってらっしゃい☆」
ブラックが手を振ると、それを見てクリアーも手を振り返した。
「いってきます!」
クリアーは急いで、リーフとスロウの居た場所に向かった。
スロウは待っている間、これからどうしようと、ぐるぐる考えていたが、特に良い案も思いつかないまま、クリアーが走って戻ってきた。
「お待たせ!」
「!! 別に……待って……ないよ……」
(クレア様……走って戻ってきてくれた……優しい……)
スロウが感心していると、リーフの姿が見えない事に、クリアーは気づいた。
「あれ? リーフは?」
「き……急用……とかで……」
「そうなんだ……」
リーフが居ない事に、クリアーが少し動揺したように見えてしまったスロウは、慌てて言った。
「……おっ……俺と二人とか嫌だよね!?」
「え? そんな事ないよ?」
嫌がる素振りを全く見せず、きょとんとしてスロウを見つめるクリアーに、スロウは感動した。
(ホントに優しい!!)
不安を感じながら待っていたスロウだったが、自分と二人は嫌じゃないと言われ、ひとまずホッとした。
「……じゃ……えっと……行こう……か」
「うん」
(て、言っても……いきなり過ぎて……完全に……ノープラン……なんだけど……)
スロウはそう思ったが、とりあえず道を歩きはじめた。
(てか……ロスト様差し置いて……俺がデートして……どうする……リーフに流されたけど……やっぱ……やめた方が……)
二人で歩いている途中、カフェがあり、開いているドアから店内が見えた。中には美味しそうなお菓子が並び、甘い良い匂いもする。
「……」
クリアーが店の前で立ち止まっているので、スロウは声をかけた。
「……食べたいの?」
「え! ……うん」
少し恥ずかしそうにしているクリアーに、スロウは続けて言った。
「え……入る??」
スロウにそう言われ、クリアーは嬉しそうに返事をした。
「うん!!」
スロウとクリアーはカフェに入り、店内の席に座ると、ケーキを注文して食べはじめた。
(続行……してしまった……)
流されてしまったスロウは、俯いて、ケーキをフォークで軽くつつきながら、どうしようかと考えていた。
「美味しいね!」
嬉しそうにクリアーが笑顔で言うと、スロウは顔を上げて答えた。
「うん……」
「へへ!」
クリアーは美味しそうに、ケーキを口に運んでいる。
「お菓子……好きなんだね」
「うん! スロウは?」
「俺も……まあまあ……」
「美味しいよね!」
「ね……」
滅多に見る事のない程の美人で、さらに自分の好みでもある相手を目の前にして、スロウは緊張がどんどん高まっていく。
(落ち着かない……)
スロウが水を飲もうと手を伸ばした時、カップの端に当たり、倒してしまった。
「!!」
(うわ! 緊張して手が滑った! かっこわる!! 幻滅……されるっ!)
青ざめるスロウに対し、意外な事に、クリアーは冷静だった。
「あらら」
クリアーは手を挙げて、店員を呼んだ。
「すみません! こぼしてしまって……」
「あら、大丈夫ですか?」
「はい」
店員はテーブルをサッと拭き、笑顔を見せた。
「すぐ新しいお水持ってきますね」
「すみません、ありがとうございます」
クリアーが少し頭を下げると、店員も会釈し、すぐに新しい水を持ってきてくれた。そんな流れを、スロウは口をぽかんと開けて見ていた。
(あれ……嫌がられ……ない??)
じっとこちらを見ているスロウに、クリアーは言った。
「ふふ……ボクもたまにこぼしたりするよ」
「え……」
「そういう時は今みたいに、コールやフィックスがお店の人に言ってくれるから、真似しちゃった!」
「クレア様……」
「へへ!」
スロウはそんなクリアーの行動に、少し胸が高鳴った。
(責められなかった……優しい……リーフだったら……何やってんのって……いじってくるのに……)
照れくさそうに、スロウは笑顔でクリアーに言った。
「うん……ありがとう……」
なんとかここまでは話をしていた二人だったが、互いに口下手な為、一度黙ってしまうと会話の再開が難しく、無言でお菓子を食べる状況に陥っていた。
(やばい……しんとしてる……話題…………なんか……話題ないかな…………そういえば……カナメって……何者なんだろう…………あの時は勝手に……二重人格とか……思っちゃったけど……普段パーティにあんまり居ない人……なのかも? ……聞いてもいいのかな……)
スロウが迷っていると、クリアーが先に口を開いた。
「スロウ」
「ん!?」
急に話しかけられ、スロウは若干、声が上擦った。
「こないだ、カナメさんとお話したでしょ?」
「え! うん!」
(クレア様から……言ってくれた!)
クリアーは、少し嬉しそうに続けた。
「カナメさんから、スロウとお話したって聞いたよ」
「そうなの?」
「うん!」
財布をクリアーの部屋に忘れた時に、カナメとはじめて会ったが、それからその存在を、スロウは気になっていた。
「……カナメって……何者なの??」
「お姉さんみたいな人」
「お姉さん??」
「うん」
スロウは首を傾げ、クリアーをじっと見た。
「普段……一緒に居ないよね? ……どこに居るの?」
「どこって……」
「それに……クレア様と……同じ声だった」
「うん、ボクの中に居るから」
そう言われて、スロウは驚いた。
「中に居る!?」
クリアーは真面目な顔をして、スロウを見つめながら、胸に手を当てて言った。
「心の中に居るよ」
スロウは目を見開き、クリアーを見入った。
「やっぱり……二重……人格??」
「? 違うよ、中に居るんだよ」
クリアーのその言葉に、スロウは思った。
(それを……二重人格と……いうのでは??)
スロウはなんだかわからない話に、おずおずと聞いた。
「に……人間……なの?」
「人間だよ」
「え……でも……なんでクレア様の中に居るの?」
スロウの質問にクリアーは俯き、少し困ったような顔をした。
「……わかんない」
「わかんないの??」
「生まれた時から……なんでか居るの」
「へえ……」
(二重人格とかって……ショックな事があると……なるとか聞くけど……クレア様……孤児だったし……さみしくて……それでもうひとりの人格を……作っちゃったとか……かなあ……)
もぐもぐとお菓子を食べているクリアーを見つめながら、スロウは少し切ない気持ちになった。
(辛い人生を生きてきたのに……明るく振舞ってるのかなあ……)
そう思ったあと、残りのケーキを大口で平らげ、スロウは言った。
「クレア様……もう一個……お菓子食べない?」
「え?」
クリアーが顔を上げると、スロウは優しい笑顔を見せた。
「半分こしよ」
「うん!」
笑顔で相手を見つめながら、スロウは思う。
(お菓子で癒してあげれるなら……いくらでも……買ってあげたい……)
スロウはクリアーに対して、少し情が湧いてしまったようだ。
それから追加でお菓子を注文し、半分こして、二人は黙々と食べ、店を出た。
「美味しかったねー!」
「うん」
クリアーは、スロウの顔を覗き込んで言った。
「お金ホントにいいの?」
スロウはクリアーに対して同情もあったが、一番は格好つけたさで、カフェ代を奢っていた。
「いいよ……こっちが誘ったんだし……」
「ありがとう! ご馳走様!」
笑顔でお礼を言われ、スロウは恥ずかしさと嬉しさで、頬を赤らめた。
「ん……」
軽く返事をしたあと、二人でゆっくりと道を歩いていると、花屋があった。
「あ、お花屋さんだ」
「花屋……」
色とりどりの綺麗な花と、その甘く優しい香りが、二人の足を止めた。クリアーは店先の花を見て、楽しそうにしている。
「花……」
しかし、スロウは花に対して、何かモヤモヤとしたものを感じていた。
「わー」
クリアーは嬉しそうな声を出したあと、黄色のバラを手に取り、スロウに見せた。
「綺麗だね!」
「!!」
異常に驚いたスロウの反応を、クリアーは不思議に思った。
「? どうしたの?」
「黄色のバラ……」
「ん?」
スロウは瞬きもせず、バラを凝視している。
「いや……なんか昔……誰かに……黄色のバラを……もらったような……」
「へえ……」
思考が止まらないスロウは、その場に佇んで、さらに考えを巡らせていく。
(なんだろ……クレア様と居ると……忘れてる何かを……思い出しそうになるんだけど……でも……思い出せないな……)
その時、バラの事ではなく、別の事がスロウの頭を過った。
『おい! 待てスロウ! 俺を助けろ!! 待てってば! スロウー!!』
(違う! 今それは思い出さなくていいし!!)
スロウは苦しそうな顔で、両手で頭を押さえたあと、すぐにその手を降ろし、しばらくぼーっとして、何かを考えていた。しかし、黄色のバラに関する肝心な事は、何も思い出せなかった。
「はいスロウ」
俯いて考え事をしていたスロウに、クリアーは黄色のバラを差し出した。
「え?」
「なんかぼーっとしてたけど、その間に買ってきたよ」
「え!? ……俺……に??」
クリアーは笑顔で、スロウに言った。
「うん! さっきのお礼!」
「クレア様……」
スロウはそっと黄色のバラを受け取ると、クリアーからの気持ちが嬉しくて、胸の奥が熱くなり、溶けそうなほどの笑顔になった。
「ふ……さっきの……奢ったんだから……お礼しちゃ……だめじゃん」
「えへへ!」
「……ありがとう」
「うん!」
さっきまでの不安な気持ちは吹き飛んだが、それでもスロウは、どうしてもバラの事が気になってしまう。
(黄色いバラ……か……)
二人がそんなやり取りをしていると、近くから聞きなれた声がした。
「クリアー?」
「!!」
そこには、木箱を抱えたフィックスが立っていた。
「あれ? フィックス??」
クリアーはきょとんとして、フィックスを見た。
「ここ、今日の俺の仕事場」
フィックスは木箱を一度降ろし、花屋の隣の建物を指さした。
「そうなんだ」
「てか、何してんのお前……」
「え……ボクは……」
クリアーが振り返ると、スロウはいなくなっていた。
「あれ?」
(帰っちゃったのかな??)
フィックスはクリアーに近づき、笑いながら、頭を軽く小突いた。
「一人でウロウロして、迷子になんなよ」
「もうならないよ!」
「ははっ! まあ、ずいぶん道覚えられるようになったもんな」
「うん!」
自信満々なクリアーに、フィックスは意地悪そうに言った。
「まだまだ危ういけどなー」
「もー!」
そんな楽しそうな会話を、姿が見えなくなったスロウは、こっそりと聞いていた。
(危ない……棒人間に……見つかるとこだった……)
フィックスから見えない位置に居たので、とっさに隠れていたのだった。
「俺まだ仕事あるから、一緒帰れねえけど」
額の汗をタオルで拭きながら、フィックスはクリアーに言った。
「うん! 頑張ってね! またあとでね!」
「おう」
フィックスはそのまま、木箱を持って、建物の中に入っていった。
「スロウ……」
クリアーは、一応周りを見渡してみたが、スロウは見当たらないので、その場を離れようとした。
(あ……クレア様……帰っちゃう……)
隠れて見ていたスロウがそう思ったと同時に、クリアーの全身が一瞬光り、カナメに代わった。
「!! か……カナメだ! ……え? ……入れ替わったし…… 二重人格とかじゃ……ない?? ホントに……クレア様の……中に居るの??」
カナメは花屋に入り、しばらくして出てきたかと思うと、スロウの方にゆっくりと向かってきた。
「!!」
スロウは、再び会えたカナメに驚き、相手に釘付けになった。
「今日はありがとう」
「え……」
「私からも……」
スロウはカナメから、黄色のバラを差し出された。
「あ……はい……」
黄色のバラを受け取り、スロウはそれをじっと見た。
「黄色い……バラ……」
「……いつか……思い出せるといいですね」
「え!?」
カナメは優しく微笑んだが、スロウは目を見開き固まっていた。互いにしばらく見つめ合ったが、スロウの顔がどんどん赤くなっていくので、カナメが気を利かせて先に動いた。
「……ではまた」
「え……あ……また」
会釈し、立ち去るカナメを見ながら、スロウは言われた言葉の意味を考えた。
「? ……どういう……意味??」
しかし考えても、意味は何もわからなかった。だが、他の事でひとつだけ、わかる事があった。それは、自分はクリアーとカナメに、とても惹かれているという事だった。



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