日が暮れた夜の街を、スロウは散歩していた。街の酒場は賑わい、騒がしい声が聞こえてくる。
そんな中、前方にあるパン屋から、クリアーが出てくるのを見つけた。
「あ……クレア様」
思わず漏れたスロウの声に、クリアーは反応した。
「スロウ! 偶然だね!」
「……うん」
「よく会うね!」
そんなクリアーの発言に、スロウは思う。
(尾行……してるからね……今日は違うけど……会いやすいよなあ……)
「そ……そうだね。……てか……今帰り?」
そう聞かれて、クリアーは俯いて答えた。
「うん……さっき久しぶりに、道に迷っちゃった」
ずっと迷子にならなかったのに、迷ってしまったクリアーを気遣い、スロウは優しく言った。
「新しい場所とか行くと……よく迷うよね」
スロウのフォローに、クリアーは、ぱっと笑顔になった。
「うん! 前迷った時に、スロウに助けてもらったよね!」
「だね……」
「今日は自分でなんとかなったよ!」
自力で戻って来れた事に、クリアーは嬉しそうにしている。
「ふふ……よかったね……」
(かわいい……クレア様……前に……俺と話したいって……言ってくれた……ロスト様も……仲を深めろって言ってたし……俺ももっと……話す努力……する)
そう考えながら、スロウは話題を振った。
「買い出し? ……荷物……持とうか?」
手を差し出してくるスロウに、クリアーはきょとんとする。
「大丈夫だよ?」
「俺……散歩してた……だけだから……手ぶらだし……なんか持ちたい」
「え? ありがとう……じゃあ、こっちお願い!」
そう言ってクリアーは、手に持っていた、布に包んだパンを差し出した。スロウはそれを受け取り、大事に抱きかかえた。
「今日コールとフィックス、お仕事の帰り遅くて、夕食好きに食べてって言われたから、買ってきたの」
クリアーのその言葉を聞き、スロウはパンに視線を移す。
「なるほど……これ……夕食だったんだ……」
「うん!」
そんなやり取りをしながら、近くの酒場を通る時に、入り口で大声で笑っている男達が居た。
「この街……酔っ払いとかで……絡んでくる奴とか居るらしいから……危ないし……宿まで送る……」
心配するスロウを、クリアーは首を傾げて見つめた。
「大丈夫だよ、ボク強いし……スロウ、ボク達とは別の宿に泊まってるんだよね? どの辺の宿?」
「あっち……」
スロウは、クリアー達が泊まっている宿の、反対方向を指した。
「じゃあボク送ったら、帰るの遠回りになっちゃうよ」
困った顔のクリアーに、スロウは真面目な顔をして答える。
「そうだけど……女の子だし……暗くなって一人は……危ない……」
スロウの様子に、クリアーは思う。
(心配かけるのも……よくないかな……)
「じゃあ……お願いします」
承諾してくれたクリアーに、スロウはとても嬉しそうな笑顔を見せた。
「うん!!」
(なんか……とっても嬉しそう)
クリアーはそう感じながら、自分も笑顔を返す。
「ありがとう!」
「散歩中だったし……問題ない」
少し照れているスロウに、クリアーは顔を覗き込んで言った。
「ボクの事優しいって言ってたけど、スロウも優しいね」
「え……クレア様ほどじゃ……ないよ」
「ええ? そんな事ないよ」
互いを褒め合いながら歩いていると、スロウはある店を思い出した。
「あ……クレア様の宿の近くに……本屋あったな……寄ってこう……」
つぶやくように発したその言葉に、クリアーは興味を持った。
「スロウ、本読むの?」
「小説とか読むの……好き」
「へー! 何読むの?」
興味津々で見つめてくるクリアーに、スロウは戸惑う。
(恋愛小説だけど……男で恋愛小説好きって言ったら……引かれるかな……俺……女の子みたいな顔してるし……余計に…………いやでも……クレア様なら……)
そう考えながら、クリアーの基本なんでも肯定してくれる性格を信じて、スロウは教える事にした。
「えっと……恋愛……小説……」
「へー! すごいね! ボク読んだ事ない! どんなの読むの!?」
目を大きく開け、食いついてくるクリアーに、スロウは嬉しくなった。
(反応が良い! ……クレア様と話すの……楽しい!!)
スロウは思わず、溶けそうなほどの笑顔になった。
「ふ……えっと……一緒に本屋……少しだけ……寄ってく?」
「うん!」
笑顔を交わし、スロウの心は満たされていた。
(やった……もうちょっと一緒にいられる……今回は……結構ちゃんと話せて……良い感じだし! …………でも……クレア様はロスト様の大事な人だから……あんまり好きに……ならないように……しないとね……)
そう思いながらも、スロウの口元は緩みっぱなしだ。
「ボク、本読むと寝ちゃうんだよね」
「はは! ……そんな気する」
スロウのその言葉に、クリアーはきょとんとする。
「えー? なんでー??」
「ふふ……」
しばらく歩いていると、クリアーが、少し前に出た。
「……クレア様って……たまに早足に……なるよね?」
「あ! ごめん!」
歩く速度を落とし、クリアーはスロウの横に並んだ。
「いや……いいんだけど……なんでかなって……」
そう聞かれ、クリアーは少し言いにくそうに続ける。
「えっと……フィックスがね、歩くの速いんだ」
「棒人間が?」
「うん。背が高くて、足も長いからかもしれないけど……」
その発言に、スロウはロストを思い出した。
「ロスト様も背高いけど……そんなに……速くないよ」
「そっか……えっと……コールとブラックは、ボクと歩く速度が同じくらいなんだよね」
ブラックの名前を聞いて、スロウは上を見ながら、その存在を思い出した。
(そういや……イケメンの……そんな人居たな……まだ一度も……直接会って話してないけど……これだけ尾行してて……遠目からしか見てないもんな……リーフは話したとか言ってたけど……俺もいつかは……話す時が……くるのかな……)
考え事をしているスロウに、クリアーは気づき、首を傾げる。
「スロウ?」
「あ! ごめん! 続けて!」
スロウはクリアーをしっかり見つめ、話を聞く態度を示した。
「うん! えっと……だからみんなで歩いてる時は、フィックスもゆっくり歩いてくれるんだけど、二人で歩く時は速いから、ボクも速く歩いてるの」
「え?」
スロウは少し驚いた顔で、さらにクリアーを見つめる。
「だからその名残で、たまに歩くのが速くなっちゃう時があるんだ! ごめんね! 気をつけるね!」
申し訳なさそうにしているクリアーに、スロウは思う。
(男の速歩に合わせるって……結構大変じゃない?? ましてや……あんな背の高い人に合わせるってさ……クレア様……良い子過ぎない??)
次の瞬間、クリアーは思い出したように声を出した。
「あ! スロウ、今のはフィックスに内緒にしておいてね!」
「え……うん」
(……内緒にって事は……棒人間は……気づいてないって事?? なのに……黙って相手に合わせてあげるとか……優し過ぎじゃん!!)
スロウは急に、その場に立ち止まった。
「ん? スロウ??」
「…………クレア様……俺の前では……無理……しないでね」
「へ?」
真剣に自分を見つめるスロウの姿に、クリアーは胸が温かくなった。
「ありがとう!!」
「うん……」
二人はまた笑顔を交わし、そのあとも楽しく会話をしながら本屋に行き、クリアーはスロウおすすめの恋愛小説を買って、宿に帰ったのだった。
一方、別の場所で、ブラックは夕食を食べる店を探していた。
「この街は食べ物が美味いねー! 酒飲みが多いのもわかる☆ 棒兄ちゃんの仕事が落ち着いたら、ガンガン誘おう! 今日はどこで、何食べようかなー☆」
鼻歌を歌いながら歩いていると、前方で、男三人に絡まれている、フードを被った人物に遭遇した。
「離して!」
「いいじゃねーか、一緒に酒飲もうぜー」
「嫌よ! 男くさい男って、嫌い!!」
どうやら女性が絡まれているようだったが、ブラックはそこに近づき、相手に声をかけた。
「ねーねー」
「あ?」
「これ、キミらの?」
そう言うとブラックは、男三人の財布を見せた。
「な! いつのまに!!」
女性に絡んでいる間に、気づかれないように近づいて盗ったのだった。そしてブラックは、それを遠くに投げた。
「そーれー☆」
「あー!! お前! 覚えてろよ!!」
男達はすぐに、飛んでいく財布を追いかけた。
「ごめん、多分すぐ忘れるー☆」
そう話しながら、ブラックは男達に手を振り、女性の手を握った。
「行こう」
「あ、ありがとう」
ブラックはフィックスに、泥棒はもうするなと言われている事を思い出した。
(今のはキャッチアンドリリースだから、棒兄ちゃんとの約束は、破ってないよね)
ちゃんと約束も意識しながら、女性を連れて、その場を去った。人の多い場所までくると、ブラックは相手の手を離した。
「この辺でいいかな? 気をつけて帰りなね、じゃー☆」
手を振って別れを告げた瞬間、相手は勢いよく服を掴む。
「ちょっと待って!」
「ん?」
女性がフードを取ると、見覚えのある姿が現れた。
「あ! あの時の!」
その人物は、ロストの仲間のリーフだった。前に足をケガしたのを助けた事で、顔見知りになっていたが、ブラックはまだ、リーフがロストの仲間だという事は知らないままだった。
「二度も助けてもらったし、今度こそちゃんとお礼したいんだけど……今から食事でもどう?」
そう誘われ、ブラックはしばし考える。
(今日、夜は好きに食べてきていいって言われてるし……)
「うん! じゃあ☆」
タイミングが合った事で、ブラックはリーフと一緒に、夕食を食べる事になった。そのまま近くにあった酒場に入り、料理を注文し、二人は見つめ合う。
「私はリーフ、あなたは?」
自己紹介をされ、ブラックはそれに笑顔で答えた。
「ブラック!」
「本名?」
「あだ名だね!」
深くは知らない子なので、少し警戒しているブラックは、マリナに言ってしまったようには、ウェイクという本名を教えなかった。
「そう……さっきの動き……泥棒なの?」
「元、泥棒って感じかなー☆」
そう言われ、リーフは首を傾げる。
「元? 今は違うの?」
ブラックはそれに答えず、にこにこと笑顔だけを返した。
「まあ、なんでもいいけど……」
その事に対して興味のないリーフは、すぐに聞くのを諦めた。
「いいねー☆ そういう詮索しないの好きよー☆」
「ふふ、私も詮索されるのは苦手よ。……でも……夜を共にするのは、嫌いじゃないわ」
急なその発言の意味がわからず、ブラックはきょとんとする。
「??」
そんな相手にはお構いなしに、リーフは前のめりになり、自分の顎に手を添え、上目遣いでブラックを見ながら言った。
「今夜、私の宿の部屋に……一緒に泊まらない?」
「え?」
そのまま、リーフはじっと相手を見つめ、返事を待った。どうやら本気で誘われていると自覚したブラックは、悲しそうに俯く。
「そういうのは……虚しくなっちゃうよ……」
「え??」
(そういうのじゃ……心までは……全然満たされない……)
ブラックはそう考えたあと、リーフを再び見つめた。
「それに、前、好きな人いるって言ってたじゃん」
眉間にシワを寄せて自分を見つめるブラックに、リーフは半笑いで答える。
「そうだけど……それとこれとは別と言うか……」
ぎこちなく、目をそらしているリーフに、ブラックは思う。
(肉食系……なのかな??)
ブラックは腕を組み、考える素振りを見せたが、答えは最初から決まっていた。
「んー、やめとく」
断られた事にリーフは驚き、興奮気味に立ち上がった。
「なんで!? こんなに可愛い私に誘われて!?」
態度が急に変わった事に、今度はブラックが驚く。
(なんかこの子、俺様と同じ匂いがする……)
そう、二人はかなりのナルシストなのだった。
「ごめん……キミが可愛くないとかじゃなくてさ……キミは可愛いよ。だけど、今俺様……あんまりそういうのに興味なくて……だから行けない」
ブラックは素直に心境を吐露した。するとリーフは、今度は嬉しそうに大声を出した。
「気に入ったわ!!」
「え?」
ぽかんとするブラックに、リーフは続ける。
「あなた……『千の力』……ほしくない?」
「え!! 『千の力』?」
驚くブラックに、リーフは人差し指を立てて説明する。
「実は私の仲間が『千の力』の持ち主でね。『千の力』って継承できて、次は私が継承する番だったんだけど、あなたに譲ってあげてもいいって思ったの」
「え?? なんで……俺様に??」
そう聞かれ、リーフは急に眉間にシワを寄せ、叫んだ。
「私、男って大っ嫌いなの!」
「へ?」
ブラックを見つめ、今度は笑顔で嬉しそうに、リーフは話した。
「……でも、あなたみたいなのは好きだわ★」
「へえ?」
「だから、どう?」
前のめりになり、返事を待つリーフを見つめながら、ブラックは考える。
(ホントかウソかわかんないけど、まあ……なんか面白そうだから、いっか!)
「うん! じゃあ、もらえるならちょうだい!」
満面の笑みで、両手を差し出して言うブラックに、リーフは喜ぶ。
「ふふ、あんたノリ良すぎ、ますます気に入ったわ!」
「にゃはは☆ ……じゃあ、さっきの誘いって試しだったの?」
首を傾げるブラックに、リーフは胸に手を当てて叫んだ。
「そうよ! 私そんなに軽い女じゃないもの!」
「まあ、ホントに軽かったら、多分最初に会った時に誘われてるよね☆」
そう問われ、リーフは上を見ながら過去を思い出す。
「まあそうね★ ……若い時に、そういう時期もあったけどー★」
リーフのその答えに、ブラックはつぶやく。
「やっぱ似てる……」
どうやら二人は、かなり行動が似ているようだった。
「近くの宿に仲間が居るの! これ食べたらさっそく行きましょう!」
嬉しそうなリーフとは反対に、さすがにブラックはまだ警戒していた。
(あんまりヤバそうな感じなら、すぐ逃げようっと)
逃げ足には自信のあるブラックは、そう思いながら、リーフと軽く雑談を交わして、食事を終えた。
リーフに案内され、コール達が泊まっている宿とは別の宿に着いたブラックは、警戒しながらも、部屋に入った。
「ロスト様!」
そう叫んだリーフの視線の先に、金髪のポニーテールの男が立っていた。
(冷たそうな雰囲気だけど、綺麗な顔した人だな……あれ? ロスト?? って、なんか聞いたことあるような……)
ブラックがそう考えていると、ロストが先にブラックに気づいた。
「リーフ……そいつは……」
これまでの流れを説明し、理解したロストは、顎に手を添えて言う。
「ふむ……クレアの仲間なら、何か情報が引き出せるかもしれないな……いいぞ」
「やったー★ さすがロスト様★」
両手を上げて喜ぶリーフの側で、ブラックはずっと考えていた。
(ロスト……ロスト……なんだったかな?)
記憶力はかなり良いブラックだが、興味のない事はすぐ忘れる為、思い出すのに時間がかかっていた。ふと、フィックスとコールのやり取りの中に、ロストという名前が出ていた事を、やっと思い出した。
「あー! 棒兄ちゃんが前言ってた、クリアーちゃんの知り合いか!!」
嵐のような雷の激しい日に、ロスト達がコール達と集まって話した事があったが、その時ブラックは隣の部屋でずっと寝ていた為、ロストに直接会うのは、今回がはじめてだった。
「あら、気づいちゃった……まあいいわ★ とりあえず、いきなり『千の力』は渡せないから、しばらく仲間として行動して、力とか考え方とか見させてもらうわね。それで合格だったら、あいつが継承してくれるわよ」
リーフはそう言うと、掃除をしながら話を聞いていたスロウを指さした。
「ちゃんと継承できるなら……相手は……誰でもいいけど……」
そう答えたスロウは、掃除の手を止め、ブラックを見つめた。
(すごい美少女……いや、違う……男だなこの人。……てか、こいつらの仲間になったら、俺様、棒兄ちゃんの敵って事になるのかな?)
ブラックがそう考えていると、リーフが近寄り、服の裾を掴んできた。
「あなたコール側より、どちらかと言えば、こっち側じゃない?」
笑顔で問うリーフを見つめ返しながら、ブラックは再び考える。
(……元泥棒だし、俺様はコールくん達みたいな綺麗な人間じゃないから……どっちかって言われるとそうなんだけど…………まあ、面白そうだから、いっかー☆ 好きな時に好きな場所に行く! それが俺様だっ!)
考えがまとまったブラックは、敬礼をするように手を額にかざし、笑顔で答えた。
「そうだね☆ じゃあみなさん、これからよろしくー☆」
「よろしく★ ブラック★」
同じポーズをして、リーフは笑顔で返した。
「……よろしく……」
(いつかこの人と話すのかなって……思ったその日に……まさか話す事になるなんて……しかも仲間になるとか……不思議……)
そう思いながら淡々と言うスロウとは違い、ロストは少し警戒を示す。
「妙な事はするなよ」
しかし、ブラックは特に何もする予定はないので、満面の笑みで返事をした。
「へーい☆」
そしてロストは、紙の束とインクと羽ペンを持ってテーブルに着くと、ブラックを隣に座らせて、続けた。
「ではさっそく……」
「へ?」
一体何がはじまるのかと、ブラックが気の抜けた返事をすると、ロストは真剣な顔でハッキリと言った。
「クレアの事で知っている情報を、一文字も漏らさず全て話せ」
「え?? クレアって、クリアーちゃんの事だよね?」
首を傾げるブラックに、ロストは続ける。
「そうだ。一緒に居た時に話していた事、していた事、何時間かかってもいい、全部一言一句聞き漏らさずに聞くからな」
尋常じゃないロストの雰囲気に、ブラックは思う。
(圧がすごい……てかこいつ……ヤバい! クリアーちゃん、逃げてーっ!!)
ブラックがそう感じていた時、クリアーは部屋で、スロウおすすめの恋愛小説を読んでいた。
「くしゅん!! ……なんか寒気が……毛布かけようっと」
何かを感じ取ったクリアーだったが、ロストにそこまで執着されている事は、さすがに気づけなかった。

『千の希望』人気エピソード