労働をするようになったコール達だったが、今の街にはあまり仕事がなかった為、別の街に移動する事にした。
そんなコール達のあとを、相変わらず追ってくるパーティが居た。
「……ロスト様」
「なんだスロウ」
「ホントにずっと……見てるだけを……続けるんですか?」
「…………まあ、今は……」
(ストーカー継続……)
「そろそろ……何かしら動いた方が良いか……?」
「そうですね……ずっとこれじゃ……何も進展……しないし……」
ロストとスロウの会話を聞いていたリーフは、何かを閃いた。
「あ! じゃあクレア様達と同じ宿に泊まるのはどうですか? また偶然の再会ができますよ★」
「良いな、そうするか」
「それ……偶然じゃ……ないし……」
このままでは何も変わらないので、とりあえずリーフの案をロストは採用することにした。
コール達が新たに向かった街は、緑に囲まれた自然豊かな場所だった。近くには大きな池や川もあり、魚などの食料も安定して手に入りそうな、活気のある街だ。
宿を取り、荷物を置いて、一同はさっそく街の散策に出た。
「そういえば、この『洸の街』には、知り合いが居るんですよ」
先頭を歩いていたコールが、少し嬉しそうにみんなに話した。
「知り合い?」
「はい。こっちの方に住んでて……」
そう言ってコールが角を曲がると、そこには、二十代前半くらいで、茶色の髪を後ろで束ねた、可愛らしい女性が居た。
「あ……コールさん!」
「ステラ!」
「女!?」
コールの姿を見たステラは、嬉しそうに駆け寄った。
「お久しぶりです!」
「元気だった?」
「はい! コールさんに助けていただいてからも、元気に過ごしてます!」
「良かった!」
そんな二人の再会を見ていたフィックスは、目を丸くした。
「若い女の知り合いってなんか意外……可愛いし…………はっ!」
妙な気配を察知し、横に居るクリアーを見てみると、まさに目が点になって、固まっていた。
(ショック受けてる??)
恐る恐る近づき、フィックスはクリアーに耳打ちした。
「……良いのか?」
フィックスの言葉を聞いているのかいないのか、瞬きひとつせず、目を点にしているクリアーが答える。
「…………何が??」
(目が怖えって…………)
それを見ていたブラックも察して、声を出した。
「あららー」
コールが女性と楽しそうに会話をしている、という見慣れない光景に、クリアーは胸に手を当て、困ったような顔をした。
(なんかちょっと……もやもやする……)
そんなクリアーの気持ちに全く気付いていないコールは、フィックス達の紹介をして、ステラとの会話を終えたあと、少し興奮気味に、みんなに話しかけた。
「ここ温泉があるんですよ! 入りませんか?」
それを聞いてフィックスが嬉しそうに答えた。
「お! 良いな! 入ろうぜ!」
「俺様も入るー☆」
楽しそうな三人とは違い、真顔でクリアーは言う。
「ボクは大丈夫。一二三ちゃんと宿に居るね」
(クリアー……温泉苦手なのかな?)
「うん、わかった。じゃあ三人で行きましょう」
一度みんなで宿に戻り、必要な荷物を持って温泉に向かった。クリアーはもやもやした気持ちのまま、一二三と宿に残った。
温泉は街の端にあり、露天風呂になっていた。三人は脱衣所でわくわくしながら服を脱ぎ、入る準備をしていた。
「俺様一番のりー☆」
「ブラック落ち着け! 体洗ってから入れよ! って、コールお前その体……」
フィックスが見たコールの体は、大きな傷や小さな傷が無数についていた。
「ああ、救助とかよく手伝ってたので、傷跡が多くて」
(普段部屋で一緒に着替える時に見てなかったし、……こんなになってるの、気付かなかったな……こいつにはホントに幸せになってほしい……)
「傷は男の勲章じゃーん☆ かっこいー☆」
「はは! ありがとうございます!」
「にゃはは☆」
「ま、確かにそうだな……助けてついたわけだし」
しんみりしてしまったフィックスだったが、常にポジティブなブラックにつられ、すぐに気持ちを切り替える事ができた。
「お前も額に傷あるよな」
ブラックの左の眉上には、ハッキリとした深い傷跡があったが、フィックスはそれを見つめながら言った。
「…………」
さっきまで、にこにこ笑っていたブラックだったが、急に真顔になり、少し俯く。
(あれ!? その傷はなんか地雷だったのか!?)
触れてはいけないものに触れたような気がしたフィックスは、すぐさま話題を変えた。
「てかお前バンダナ取ると……ホント雰囲気違うな」
その言葉に、ブラックは顔を上げ、笑顔で言った。
「え? 超イケメンだなって思った??」
「思ったけど、言われるとむかつく!!」
「にゃははー☆ ごめんね超イケメンでー☆ さっ! 入ろ入ろ☆」
三人は体を洗って、温泉に浸かった。開放的な大きな露天風呂の湯けむりが、晴れた青空に昇っていく。
「気持ち良いー☆ あったまるー☆」
「だなー……そういやコール、お前って女に興味ねえの?」
「え!?」
フィックスの突然の質問に困惑するコール。
「どの街でも、かなりモテるのに、女に食事とか誘われても断るし」
そんな質問に、コールは照れながら答えた。
「えっと……恋愛とかはまだよくわからなくて……」
「付き合った事ないとは言ってたけど……初恋とかは?」
それに対して、横に居たブラックが、大きな声で答えた。
「俺様は多分まだー☆」
「お前に聞いてない!」
「にゃはは☆」
少し考えて、コールは話し出した。
「憧れ……くらいはあるんですけど、恋愛って感じの好きは、今まで特にはなかったですね」
「マジかよ!」
(まあ、それどころじゃねえ人生歩んでたみてえだし、仕方ねえのかな)
「好みとかもねえの?」
「相手を思える優しい人かな」
「へー……他には?」
「んー、上品で落ち着いた年上の人……が好きかな」
(年上は合ってるけど、上品で落ち着いてはねえな、クリアーは。うーん……)
「オレは恋愛というか、二人で人の役に立ちながら成長もしていけるような、一生一緒に居たいと思える相手じゃないと、付き合いたいとは思わないです」
「……それ……嫁が欲しいってことか?」
「ああ! そうですね! そういう相手に、妻になってもらえたら嬉しいですね」
(マジか! 俺とか結婚なんて、まだ全く考えてねえのに! こいつ内面が大人だなー……クリアーが嫁……あいつに嫁が務まるのか??)
フィックスの悩んだ表情を見て、ブラックが口を開く。
「奥さんかー☆ 棒兄ちゃんがんばー☆」
「なんで俺!?」
「にゃはは☆」
温泉で癒やされ、楽しく話もできて、三人は満足して宿に戻った。
宿の廊下には、みんなが戻るのを待っていたクリアーが居た。
「お、クリアー」
フィックスが近づいて話しかけようとしたが、クリアーの目は、まだ点になっていた。
(まだ変な顔してる……)
「コールと話でもしてくれば?」
「ん……今は、いい……」
「そっか……」
(んー、俺じゃなんもできないしなあ……)
そんなフィックスを見たブラックが声をかけてきた。
「どうしたの棒兄ちゃん?」
「ん? いや……」
「もー何ー? 俺様に遠慮する事なんてないよ! 俺様と棒兄ちゃんの仲じゃん☆」
そう言われて、フィックスはきょとんとした。
「え? 俺とお前って、そんな仲良いっけ??」
フィックスのそんな反応を見たブラックは、眉間にシワを寄せた。
「冷たいなー」
(棒兄ちゃんって基本素直じゃないからなー。甘え下手だし……ここは俺様が、人肌脱いであげますか☆)
「棒兄ちゃん!」
「なんだよ」
「俺様と勝負しない?」
「え? なんの??」
ブラックは、満面の笑みで言った。
「酒飲み☆ 勝負っ!」
夜になり、ブラックと酒飲み対決をする事になったフィックスは、ドアの前でコールとクリアーに見送られていた。
「じゃあ俺ら、ちょっと酒場行ってくるわ」
「フィックス飲み過ぎないでね」
「おう。遅くなるかもしれねえから、先寝てろよ」
クリアーは手を振り、コールと共に、二人に就寝の挨拶をした。
「おやすみ!」
「おやすみなさい」
ドアを開けて歩きながら、フィックスとブラックが返事をする。
「おやすみ」
「おやすみーん☆」
二人はそのまま部屋を出て、ゆっくりと酒場に向かった。
「あ、ボク外にタオル干したままだった!」
「一緒に行こうか?」
いつもなら二つ返事のクリアーだったが、今回はもやもやして、いつもの素直さがなくなっていた。
「だ……大丈夫だよ! おやすみコール!」
「う……ん。おやすみ……」
(なんかちょっと……避けられてる? 気のせいかな……)
クリアーのぎこちない態度に、コールも少し、もやもやした。
急ぎ足で、クリアーはタオルを取りに外に出た。薄暗い干場に、タオルが数枚、風に吹かれて干されている。
「あった……」
クリアーがタオルに手を伸ばそうとした時、近くに人の姿を発見した。
「!!」
「あれ? ロス……ト」
(しまった!!)
そこに居たのは、クリアーを尾行していた、ロストだった。
「偶然だね! こないだスロウにも会ったんだよ!」
「ああ、スロウから聞いた」
(私も見つかってしまった……)
クリアーは干してあるタオルを取りながら考えた。
(コールとの事とか……ボクとの過去の事とか……聞きたい事はいっぱいあるけど……どう聞けばいいんだろう……)
タオルを手に、佇んでいるクリアーを見て、ロストが声をかける。
「どうした?」
「えっと……そういえば、ロストって偉い人なの?」
「ん?」
「スロウとリーフが様付けて呼んでるから」
「ああ、あれは勝手にあの二人がそう呼んでいるだけで、千の力はあるが、私はただの一般人だ」
「そうなんだ……」
ロストは顎に手を添えて続けた。
「なぜ様を付けるのかは、わからんが…………他にも聞きたい事があれば何でも言ってくれ、答えよう」
「え……えっと……」
(そういえば、『千の力』をくれた人が言ってた……)
「ロストって……『千の力』を……広めようとしてるの?」
クリアーは、どのような答えが返ってくるのか気になり、ロストをじっと見たが、相手は質問の意味がわからないようで、首を傾げている。
「?? いや?」
「え!? 違うの!?」
「?? 広げる予定はないが??」
(あれ? 『千の力』をくれた人が言ってた……悪い『千の力』を増やそうとしてる人って……ロストの事じゃないの? でも……カウントが一万だし……間違いないと思うけど……)
「んんん?」
「クレア?? ……お前が広げてほしいと言うなら頑張るが?」
「いや! そうじゃなくて!」
その時、二人の周りに突風が吹いた。
「わ!」
「っ!」
風で、ロストの髪で隠している顔の半分が見えた。そこには、顔半分を覆うように、大きなアザがあった。
「……そのアザ……」
「? ……ああ……そうか……記憶がないから……覚えていないのか……このアザは生まれた時からある。気味悪がられるので、髪で隠しているが……」
クリアーはロストに近寄り、続けた。
「別に痛いとかはないの?」
「……あざだから……な…………痛みは……ない……」
「そっか! 良かった」
「クレア……気持ち……悪くないのか?」
クリアーは笑顔で答えた。
「なんで? 気持ち悪くなんかないよ!」
「……記憶が無くなっても……同じ事を言うんだな……」
「え?」
「お前がこのアザをはじめて見た時……今と全く同じセリフを言った」
「……そう……なの?」
「ああ」
「……」
寂し気に、ロストはクリアーを見た。
「一つ違うのは……お前はあの時……気持ち悪くなんかない……私はロストが好きだよと……言ってくれたのに……今は言わなかった……事くらいか……」
「ロスト……」
(だってボク……ロストの事……今は何も知らないもん……)
「クレア……」
ロストはクリアーに近づき、抱きしめた。
「!!」
「早く思い出してほしい……」
「そ……そんな事言われても……」
「……もう離れたくない」
「ろ……ロスト! 離してよ……痛いよ……」
(フィックスはイタズラで抱きしめてきても、痛くなかったのに……ロストは……強く強く抱きしめてくる……それだけ……大事だったのかな……クレアが……)
「お前と一緒に居られるなら何でもする……だから……」
「ロスト……」
(ボク……この人のこの匂い……知ってる……覚えてないけど……知ってる……)
ロストは香りを付けていなかったが、それでもクリアーには、どこか懐かしい匂いだった。そしてロストも、クリアーの香りについて考えていた。
(スロウに、クレアが石鹸を買っていたという話は聞いたが……)
「……ラベンダーじゃないんだな……」
「?」
「好きだったろう、ラベンダーの香りが……これは……フローラルか……」
(村に居た時は、好きでラベンダーの香りの石鹸使ってたけど……今は……コールの……)
クリアーがそう思った時、大きな叫ぶような声が聞こえた。
「クリアー!!」
「!! コール……」
「見つかったか……すまないクレア、またな!」
「え!?」
ロストはクリアーから離れ、走り去った。
(くそっ! 気持ちを抑えられなかった! やはりまだ会うには早いか……)
代わるように、コールが血相を変えて、クリアーの元に駆けつける。
「大丈夫!?」
「うん……」
コールはクリアーの両肩を掴んだ。
「変な事されなかった!?」
「痴漢とかじゃないから……大丈夫……」
「気になって来て良かった…………今の……ロスト……だったよね?」
「うん……」
(このあいだも、外で見かけたような気がしたけど……もしかして……クリアーを監視してる?? 前にクリアーに一緒に行こうって言ってたけど……まさか連れ戻そうとしてるのか??)
「コール?」
「……クリアー……ロストは何考えてるかわからないから、気を付けてね」
「う……うん」
コールは俯き、しばし沈黙した。
「…………」
「どうしたの??」
クリアーの肩を握っているコールの手に、少し力が加わる。
「……さっき……抱きしめられてたよね?」
「!! ボクが抱きしめたわけじゃないよ!!」
「それはわかってるけど……」
(抱き合ってはなかったし……でも……さっきのクリアー……寂しそうだった……)
「??」
コールはクリアーの肩から、ゆっくりと手を離した。
「いや……なんでも……ないよ……とにかく気を付けてね!」
「うん!」
(どう気を付けたらいいか、わかんないけど……)
コールとクリアーは、不安を抱えながらも、宿の部屋に戻った。
そんな事が起こっていたなど、全く知らないフィックスとブラックは、楽しそうに酒場に到着した。
「お前、酒強いのか?」
「さーどうでしょうー」
「俺は結構強いぜ!」
「それは楽しみだねー☆」
酒が大好きなフィックスは、酒の強さには、まあまあ自信があった。
「あ……先に言っとくけど、お前がクリアーと買い物した時にいらねえもん買ったせいで、そんな金ねえから、あんま高い酒は頼むなよ」
「はーい☆」
高くはない酒と軽い料理を注文し、乾杯して、酒を飲みだして二時間が経過した頃……。
「くそ…………こいつ…………ザルじゃねえかっ!!」
「にゃはは☆」
ブラックの目の前には、たくさんの空のグラスや瓶が置かれていた。度の強い酒もかなり飲んでいるようだが、平気な顔で足を組んで、まだまだ飲んでいる。
「騙しやがったな……」
「俺様、強いとも弱いとも言ってないじゃーん☆」
「くっそ……」
一緒に度の強い酒を飲んでいたフィックスは、潰れる寸前のようで、赤い顔をしてテーブルに体をゆだねている。
「それよりさー、棒兄ちゃんって息抜きできてんの?」
「は?」
「今回は温泉とか入れたけど、普段は?」
「……旅に出てから忙しいから……たまに……酒飲むくらいかな……」
「棒兄ちゃんって、あんまり頭良くないのに、変に責任感強いよねー」
「頭良くないけど、お前に言われると腹立つ……」
(温泉の時といい……)
「よく悩んでるけどさ、頭悪いんだから考えても解決するわけないじゃん☆」
「お前は鬼か! 心の配慮とか何もなしかよ!」
「やだなーもうー、そんな無理してるとぺちゃっと潰れちゃうよー」
「うるせー、俺はずっとこうやって生きてきたし」
ブラックは少し前のめりになって、フィックスをじっと見た。
「今までとは違うでしょ? 女の子守るとかしてきたの?」
「……」
「おっさんと居るのと女の子と居るのじゃ、気遣いのポイントも違うだろうし、護衛って言っても棒兄ちゃん若いしね」
フィックスは目をそらし、片肘をついて、困ったような顔でつぶやいた。
「しょうがねえだろ……」
「クリアーちゃんが居る時は気を抜けないかもしれないけど、俺様と二人の時は、気ー抜けば?」
(こいつ、俺の事……気遣ってたのか??)
少し感心して相手を見つめていると、ブラックはグラスを軽く左右に揺らし、フィックスを見て、笑顔で言った。
「俺様の資金源が潰れると困るのよー☆」
「そういう事かよ……」
ブラックは酒を一口飲み、またニッコリと笑って続けた。
「ま、酒飲みながら話は聞けるからさー☆ たまにはこうやって、俺様と息抜きすれば?」
「ブラック……」
つまみで頼んだ肉にフォークを指し、ブラックは美味しそうに食べた。
「もちろん全額棒兄ちゃんの奢りでね☆」
「ちゃっかりしてんな……てか、お前昔から自分に様つける一人称だったのか?」
「え? いや、昔は僕って言ってて、大人しい感じだったんだけどー……」
その話を聞いたフィックスは、眉間にシワを寄せて、内容を疑った。
「想像できない……」
「でも、それだとなんかめっちゃモテるんだよ」
「モテる?」
「特に年上から、ボク、お姉さんと遊ばない? みたいにめっちゃ誘われる」
「あー、しかも美形だしな、お前」
フォークで肉に添えられているポテトを刺しながら、ブラックは続けた。
「十代の頃、学び舎で女性の好み聞かれて、ゆるふわ髪のつり目の子って答えたら、翌日女子のほとんどが、ゆるふわでつり目メイクしててビックリした☆」
「わかりやすい女子達だな……」
「それからもずっとモテて……モテすぎて大変だから、途中からナルシスト俺様系キャラを演じるようにしたら、ドン引かれて前よりはモテにくくなったから、ずっとこのキャラしてる」
(作ったキャラだったのか??)
「てか、今もめっちゃモテてるように見えるけど、街とかでも逆ナンよくされてるし……前どれだけ??」
「前は無限に来てたかな☆」
「無限に……」
「だから付き合った事はないけど、経験は豊富だよ☆」
クリアーにはすでに言っていたが、その事をはじめて聞かされたフィックスは、混乱した。
「え? は?? それは……え??」
「昔荒れてる時期があってねー☆ 俺様美しいからさー☆ 向こうから無限に来るから、ちぎっては投げ、ちぎっては投げってしてた事あって☆」
「まじか……」
グラスをゆっくり回しながら、少し虚ろな目で、ブラックは言った。
「気の合う子とは、よく朝まで一緒に居たね」
「おおう……」
少し寂しそうな笑みを浮かべていたブラックは、顔を上げ、いつもの笑顔でフィックスを見た。
「でも今はこのキャラが板についちゃって、好きだから良いけどね!」
「実はそっちが本性だったんじゃ??」
「にゃはは☆ まあどっちでも良いけど、モテすぎも困るのよー」
そう言われ、フィックスはグラスを見つめながら続けた。
「俺も一回くらいモテまくってみてえよ」
「棒兄ちゃん、金あるし顔もまあ良いし」
「まあってなんだよ、お前みたいな美形に比べればみんなまあだよ」
「にゃはは☆ んで、背も高いし優しいし、モテる方だと思うけど」
「モテねえよ??」
ブラックは目を閉じ、しばし考えた。
「多分、ガッついてるか」
「う!」
「一言多いか」
「ぐっ!」
「相手に対してデリカシーがないか、じゃない?」
「デリカシーねえっていっつも言われる……」
「思ったこと言い過ぎでしょ」
「だって言いたくなるじゃん!」
「まあ、俺様はそういうなんでも言うところが、棒兄ちゃんの良いところな気もするけど、女子受けは最悪だよね!」
フィックスは飲んでいたグラスをテーブルに強めに置き、うなだれ、つぶやいた。
「……俺もモテたい」
「良いよ良いよー☆ そうやって言いたい事言っちゃいな☆」
「くそ……お前に精神的に助けられると……は…………ぐぅ……」
「あ、潰れた。俺様の勝ちねー☆ ……てか、棒兄ちゃんお金はー?」
潰れたフィックスの肩を揺すると、無言で財布を差し出されたので、ブラックはそれで会計を済ませた。フラフラのフィックスに肩を貸し、ようやく二人は、数時間の酒飲みを終わらせ、店を出た。
「もー、棒兄ちゃんでかいー重いー」
「うるせー……」
「ま、ちょっとは息抜きできたなら良いよ」
そう言われ、フィックスが相手を見ると、ブラックは優しい笑顔を浮かべていた。
(やっぱ俺の為に……)
「……ブラック……」
「ん?」
「………………お前……今……何歳……?」
「え? 年齢? 二十五だけど」
「へー……」
(なんだ??)
「……じゃなくて……えっと……」
酒にやられた掠れた声で、照れくさそうに、フィックスは言った。
「……ありがとな」
「!」
ブラックは、お礼を言われた事に驚き、フィックスの顔を見ようとしたが、本人は赤面して、顔を背けている。
「はは! 棒兄ちゃん酔うと素直じゃん☆」
「ぐう……」
「寝たフリって……今起きてたでしょーが☆」
(唐突に年齢聞いたのは……お礼言うの恥ずかしくて、先に適当に話を振ったからだね。……もー☆ ツンデレだなー☆ やっぱ棒兄ちゃん、面白い!)
ブラックはにこにこしながら、フィックスは半分寝ながら、涼しい風が吹く夜の道を、ゆっくり歩いて帰った。二人の仲が少し深まった、そんな楽しい夜だった。
そして翌日……。フィックスは激しい頭痛に襲われ、最悪の気分でベッドから起き上がった。
「頭……痛え……」
苦悶の表情で、両手で頭を押さえているフィックスを、先に起きていたブラックが覗き込む。
「えー? 大丈夫? 棒兄ちゃん☆」
フィックスの倍は飲んでいたブラックだが、何事もなかったかのように、いつも通りの笑顔でこっちを見ている。
「……バケモンがいる……」
「にゃはは☆」
酒場で高い酒は注文されなかったが、自分の倍は飲まれ、体だけではなく、財布も大ダメージをくらい、もう二度とこいつとは酒での勝負はしないと、固く誓ったフィックスだった。



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