コールとフィックスが仕事に行ったあと、クリアーは一人で買い出しを済ませると、宿に戻った。
「ふー」
大きく息を吐き、テーブルの上にドサリと荷物を置くと、簡単に整理をする。
「よし! 終わった! 時間もあるし、少し散歩してこようかなぁ」
財布とハンカチだけを持ち、クリアーはさっそく外に出た。ゆっくりと歩きながら、すれ違う人や店などを遠目に見る。
「わー……あそこのお店、フィックス好きそう」
夜は賑わっていそうな酒場を横目に、様々な店を見ていると、ふわりと、甘い良い香りが漂ってきた。鼻を動かし匂いの元を辿ると、そこにはケーキ屋があった。
「美味しそう……丁度おやつの時間だし、食べていこう」
店に入るとクリアーはさっそく、苺のジャムが乗ったケーキと飲み物を注文した。
(待ってる時間も楽しい!)
そう思いながらワクワクして待っていると、木製のトレーにケーキと紅茶が綺麗に並べられた。
「お待たせしました! ごゆっくりどうぞ!」
店員に差し出された美味しそうなケーキを、クリアーは目を輝かせて受け取る。
「ありがとうございます」
そのまま空いている席に座ると、柔らかな湯気の上る温かな紅茶を、一口飲んだ。
「良い香りー……。どうやったらこんな香りが出せるのかなあ……味も甘味があって美味しい!」
紅茶の優しい香りを嗅ぎながらリラックスしたクリアーは、次に、フォークを生地に刺し、しっとりとしたケーキを口に運んだ。
「んー! 甘くて美味しー! お土産にみんなに買って帰ったら喜ぶかなあ? コールもフィックスも甘いケーキはそこまで好きじゃないから、甘くないお菓子の方がいいかなあ」
あれこれ考えながら、頬に手を添えて夢中でケーキを食べていると、その近くを偶然、ロストが通った。
「む、クレア……」
ロストは迷わず店に入ると、クリアーの居る席を見る。
「いらっしゃいませー」
挨拶をしてくる店員に目もくれず、ロストはクリアーの元へと近づく。
「……あれ? ロスト?」
突然現れたロストに、クリアーはきょとんとする。
「偶然だな」
「そうだね!」
ロストは、指でテーブルを軽くコンっと叩くと、少し前屈みになって言った。
「私もここで食べてもいいか?」
「え? ……う……うん」
そのままそこに座ると、クリアーの食べているケーキを見つめる。
「……おススメはあるか?」
「へ? えっと、リンゴのケーキも美味しいみたいだよ!」
クリアーのその言葉に、ロストはケーキが並んでいるカウンターをじっと見ると、ゆっくりと立ち上がった。
「そうか。じゃあ、それを注文してくる」
「うん……」
クリアーは、ケーキを注文して戻ってくるまで、ロストをずっと見つめていた。
「……」
「む? どうした?」
首を傾げるロストから、店内の出入口に視線を移したあと、クリアーは問う。
「スロウとリーフは?」
「……今はひとりだが?」
ロストはそう答えたあと、ストンと席に座り、いただきますとつぶやくと、フォークを持ってケーキを食べはじめた。その様子に、クリアーは思う。
(スロウ達が居なくても、いただきますって言うんだ……)
一緒に食事をするのはこれで二回目だが、クリアーにはロストの動きが、全て新鮮だった。
「……ロストって、ケーキとか食べるんだね」
「まあな」
「好きなの?」
その問いに、ロストは少し微笑みながら答える。
「甘い物が好きと言うか……お前と居た時に、カフェに散々連れて行かれたからな」
「ボクに?」
「ああ」
嬉しそうなロストの表情を見て、クリアーは何となく、寂しい気持ちになった。
「そうなんだ……」
「それで、お前の事を思い出すから、甘い物を定期的に食べるようになった」
ロストからそんな理由を聞かされ、クリアーは焦る。
「!! ……ごめん……ボク……覚えてなくて……」
「大丈夫だ。今は仕方ない」
優しく言ってくれるロストに、クリアーは、今度はなんだか申し訳ない気持ちになった。
「……」
「ふむ」
モグモグと食べるロストの姿に、クリアーは釘付けになる。
「美味しい?」
「ああ」
「……」
無言で見つめてくる相手に、ロストは首を傾げて続けた。
「半分食べるか?」
「え!? いや……食べたくて言ったわけじゃ……」
クリアーがそう答えると、ロストは少し鋭い目つきをする。
「スロウとは、半分ずつ食べたんだろう?」
そんな事を言われるとは思っていなかったクリアーは、なぜかひどく動揺した。
「!! ……そ……そう……だけど……」
「私とはしたくないか?」
ロストの発言に、クリアーは大きな声を出す。
「したくないとかじゃなくて!!」
警戒しているのだろうと思ったロストは、あからさまに寂しそうにした。
「……」
俯いてしまったロストに、クリアーは戸惑う。
(う……しょんぼりしてる……)
相手が可哀想になったクリアーは、手をモジモジさせながら言った。
「……た……食べる……ありがとう……」
クリアーの言葉に、ロストはパッと明るい表情になった。
「ああ!」
瞬時にご機嫌になったロストは、嬉しそうにケーキを半分渡すと、そのままクリアーが食べる様子を見続ける。
「美味しい……」
ぽつりとこぼしたクリアーの一言に、ロストはにこにこしながら返した。
「良かったな」
そんな相手の反応を、クリアーは照れくさそうに見つめた。
(……なんかこの人には……断るとか……しにくいな……)
そう考えながら、クリアーはケーキを口に運ぶ。
「前に一緒に居た時も、こうやって毎回、半分ずつ食べていた」
ロストの話に、クリアーは目を見開く。
「そうなの?」
「一度に二つの味が楽しめるからと、喜んでいたな」
あまりにも自分らしい食いしん坊なエピソードに、クリアーは吹き出した。
「あはは! なんか……恥ずかしいな……」
自分の髪を触り、照れをごまかそうとするクリアーに、ロストは真剣な顔をする。
「……お前は覚えていないかもしれないが……私は懐かしい……」
「ロスト……」
熱い視線を向けてくるロストに、クリアーは顔を赤面させ、落ち着かなくなった。
「な……何? ずっと見てるけど……」
「いや、相変わらず美味しそうに食べるなと」
「……だって、美味しいもん」
さっきまでの真剣な表情から一転して、ロストは、宝物を見るような優しい瞳でクリアーを見ながら、微笑みを浮かべた。
「ふ……」
相手のその反応に、クリアーは思う。
(そんな愛しそうに見つめられると……落ち着かないよ!)
「ロ……ロストも、ボクの食べていいよ! 半分!」
そう言って、クリアーはケーキをサッと差し出した。
「む? そうか、ありがとう」
「うん……」
半分残っているケーキを受け取ると、ロストは何かを思い出したように、また嬉しそうな笑みを見せた。
「……本当に……懐かしいな」
「……」
(ボクがいつか記憶を思い出したら……この人はきっと、大喜びするんだろうな……少し……見てみたい気もするけど……でも……やっぱりまだ……怖いな……)
そう思いながらクリアーは、胸元の赤い宝石を握った。ロストはその仕草をしっかりと確認すると、優しく言った。
「……ゆっくりでいいからな」
「え!?」
「私は……待っているから」
また真剣な顔をして見つめてくるロストに、クリアーは混乱する。
(ケーキ食べるのを? それとも記憶戻るのを?? ……いったいどっちの意味!?)
「う……うん……」
あれこれ考えながら食べていると、先に食べ終わったロストが、穴が開くほど凝視してきた。
(やっぱり落ち着かない!!)
目が泳ぎ出したクリアーに、ロストは首を傾げる。
「顔が真っ赤だぞ」
「み……見られて緊張して!」
見つめていたのがわざとではなかったロストは、一瞬きょとんとすると、軽く笑った。
「ふ……すまない、つい」
「!!」
また宝物でも見るような目をしはじめたロストに、クリアーは焦る。
(は……早く食べて帰ろう!!)
味がわからなくなりながらも、急いで食べ終わると、二人はカフェを出た。
「じゃ……じゃあ、またね!」
「ああ」
店先で別れ、クリアーが数歩進むと、なぜかロストもあとをついてきた。
「ロスト?」
「すまない、私もこっちに用があるんだ」
「あ、そうなんだ……」
(まだ一緒に居たいのかなとか思っちゃった! 自意識過剰……かも……)
そう考えながら、クリアーは自分の思考に対して、軽く赤面した。
「途中まで一緒に歩いてもいいか?」
首を傾げながら言うロストに、クリアーは答える。
「うん……」
その時、急に二人のこどもが、道端からこちらへ走ってきた。
「わ!」
「む」
大きくぶつかられてよろけたクリアーを、ロストは素早く腰から抱き寄せた。
「!!」
「大丈夫か?」
ロストには過去にも抱きしめられた事はあったが、あんなに愛しく見つめられたあとなので、クリアーは相手を妙に意識してしまっていた。
「う……ん……ありがとう……」
「ああ」
ロストがゆっくりと手を離すと、クリアーは少しだけ距離を取り、真っ赤になった頬を両手で抑えながら、また動揺する。
(お……落ち着かない!!)
恋愛に鈍感なクリアーでも、あんなに情熱的な瞳で何度も見つめられると、さすがに意識してしまうようだった。それから二人は雑談をしながら歩き、クリアーの泊まっている宿まで到着した。
「あの……ボクここだから……」
宿を指さしながら言うクリアーを、ロストは見つめる。
「ああ、またな」
「……また……ね」
ロストがゆっくりと向きを変えて歩き出すと、クリアーは、そんな去って行く相手の後ろ姿を見続けた。
(ホントは用ないのに……着いて来たのかと思っちゃった……気にし過ぎだよね……)
そう考えていると、急にロストは、胸の前で拳を強く握り、腕を引いた。
(!! ガッツポーズした!!)
クリアーの心の声の気配を、なぜかわずかに感じ取ったロストは、その場で勢い良く振り返る。
「なっ!!」
「あ……」
口を開け、ぽかんと自分を見ているクリアーの姿に、ロストは思う。
(てっきり、もう宿に入ったと……舞い上がって油断していた!)
「み……見たか!? 今の……」
見ていた事がバレてはいけないような気がしたクリアーは、口を尖らせて視線をそらす。
「……な! ……何を!?」
とぼけたクリアーの姿から、見られていた事は瞬時にわかったが、見られていなかった事にしたいロストは、その言葉を受け入れた。
「……見ていないならいい……またな」
「うん……」
(思いっきり見ちゃったけど……)
去って行くロストの耳は赤くになっており、クリアーはその姿をマジマジと見ていた。
(耳真っ赤だ……ロストってもしかして……結構かわいい人なのかな……)
そう思っていると、買い出し中だと思われるスロウとリーフが、ロストの前に現れた。
(スロウとリーフだ)
こちらに気づいたリーフは手を振り、スロウは軽く会釈をする。クリアーが手を振り返すと、三人は仲良く去って行った。
(……ボクも……早く帰ろう……)
急ぎ足で宿に戻ると、コール達の部屋の開いているドアから、中を覗き込む。
「あ、クリアー! どこ行ってたんだよ!」
「フィックス……」
仕事が終わってすでに帰っていたフィックスは、椅子から立ち上がった。
「おかえりクリアー」
「コール……」
同じく仕事が終わってゆっくりしていたコールは、笑顔を向ける。そこに、窓の縁に止まっている一二三が声を出す。
「クリアー! フィックスがお菓子買ってきてくれたんだよ!」
「一二三ちゃん……」
さらに、手を洗ってきた様子のブラックが部屋に入ってきた。
「あ、クリアーちゃん☆ お邪魔してまーす☆」
「ブラック……」
ブラックが、お菓子を準備しているフィックスに近寄ると、相手は眉間にシワを寄せ、不機嫌そうにする。
「ホント邪魔だぜ……お前はロストの仲間だろ……」
「やだなー☆ 俺様が移動して寂しいからって、すぐそうやって嫌味言うんだからさー☆」
その内容に、フィックスは焦る。
「さ! 寂しくなんてねえよ!!」
「はいはい☆ じゃー、抱っこしてあげよう☆ はい、ギュー☆」
そう言ってブラックは、フィックスにゆっくり抱き着いた。
「うざっ! 暑苦しいわ!」
照れているのか本当に嫌なのかはわからないが、フィックスの反応に、ブラックは面白そうに笑った。
「にゃはは☆」
そして、そんな二人のやり取りを見ていたコールは思う。
(そう言いつつも、フィックスさん……ブラックさんが抱き着いても、絶対跳ねのけないんだよなぁ)
コールの視線を感じたフィックスは、不思議そうに首を傾げる。
「ん? コール、なんでそんな優しい顔してんの?」
「いえ、仲良いなと思って」
その言葉に、ブラックが即座に反応する。
「そう! 俺様と棒兄ちゃんは、ちょーーーう! 仲良しだもんね☆」
「知らねえよ……その超仲良しを置いて、どっか行きやがって……」
皿に菓子を用意しながら、フィックスは口をへの字に曲げる。
「やっぱ寂しいんでしょ? かわいー☆」
図星を突かれて赤面すると、その頬を、ブラックは茶化しながら突く。
「赤いねー☆ カワイイねー☆」
うっとうしい絡み方をしてくるブラックの手を払い、フィックスは叫んだ。
「あーもう! さっさと食うぞ!」
クリアーはボーっと、みんなが作り出す光景を見ていた。
「クリアー、何突っ立ってんだよ……食べようぜ」
当たり前に自分を引き入れるフィックスの言葉に、クリアーは満面の笑みを浮かべる。
「……うん!!」
(今のボクの居場所は……絶対……ここだもん!)
そう思いながら、クリアーはテーブルに近づいた。
「クリアーちゃん☆ 俺様の横においでー☆」
ブラックは隣の席を、ポンポンと軽く叩く。
「なんでだよ! 俺の横に来いよ」
今度はフィックスが、バンっという音を出しながら、少し強めに隣の席を叩いた。
「えええ」
二人に誘われ、クリアーはどうしようかと悩んだ。その時、優しい声でコールが言った。
「クリアー、俺の横も空いてるよ」
「!」
コールの誘いに、クリアーが嬉しそうに目を見開いていると、フィックスが焦る。
「おい、コールが言ったら……」
「あちゃー☆」
ブラックが自分の額を叩くと、コールは気の抜けたような声を出した。
「へ?」
そしてクリアーは、コールの横に、サッと座った。
「そうなるだろ……」
「にゃはは☆」
フィックスとブラックの反応に、コールは混乱する。
「そ、そうなんですか?」
コールがクリアーを見ると、相手は笑顔で喜んでいた。
「えへへ!」
(ボクは……こっちに、居たい!)
ロストとの事を考えると、不安や寂しい気持ちになってしまうクリアーだったが、コール達と居る時の安らぐこの気持ちは、他に変えられないほど、大切なものになっていた。
第三十一話 「ボクの居場所」

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