第三十話 「雨宿り」

【恋愛ファンタジー小説】『千の希望』第三十話 「雨宿り」[アイキャッチ]

 昼食を済ませたクリアーとフィックスは、昼下がりの街を歩いていた。空には雨雲が広がり、いつ降るかわからないような天気だ。
「あ」
 声を出したクリアーの視線の先には、ロストの仲間のスロウが居た。
「……クレア様……棒人間……」
 スロウの呼び方に、フィックスは眉間にシワを寄せる。
「棒人間言うな……」
 クリアーはスロウに近づき、優しく微笑んだ。
「買い出し?」
「……買い出し終わって……散歩してた……」
 手ぶらのスロウを見つめ、クリアーは続ける。
「散歩好きなんだね!」
「うん……少し運動した方が……胃腸の調子も……良いしね……」
 虚弱体質のスロウは、時間がある時は散歩をして、体調管理をしていたのだった。
「ボクは買い出しで、フィックスは森に薬草採りに行くんだよ。だから、途中まで一緒に行ってるの」
 クリアーにそう言われ、スロウは淡々と答える。
「ああ……こっちも……リーフとブラックが……行ってる」
 二人の会話を聞いていたフィックスは、スロウに近寄り話しかけた。
「なんか今高いよな? 人件費かかるっつっても、自分で行った方が安いわ」
「うん……」
 スロウが答えたその時、近くを、若い女性二人が通った。
「聞いてよ! 最近イケメンで銀髪の寡黙な男に一目惚れして、一緒に夜を過ごしたのに、翌朝いなくなってたのよ! 遊ばれた! 最悪ー!」
「えー、最低ねー!」
 その会話を聞いたフィックスとクリアーは、銀髪で美形で、基本口数の少ないスロウをじっと見た。
「え……違う! 俺じゃない!」
「でも、条件一致じゃん」
 フィックスのその言葉に、スロウは声を荒げる。
「俺! 女性と付き合った事もないし!」
 クリアーが不思議そうな顔でスロウを見ていると、その様子に焦ったスロウが、さらに声を荒げた。
「違うから! クレア様! 俺、そんなに軽くないから!!」
「別に疑ってるわけじゃ……」
「ホント違うから!!」
 必死に無実を訴えるスロウに、フィックスは首を傾げる。
「なんでそこまで、クリアーに弁解するんだよ」
「え……いや……実際何もしてないし……それになんか…………誤解されたく……ない……」
 困った顔をして言うスロウに、フィックスは思う。
(こいつ……クリアーにマジで気があるのか? そいや、最初会った時もタイプとか言ってたな……)
 フィックスはスロウを、頭から足の先まで、じろじろと見た。
「? 何?」
 観察するように見られ、不快に感じたスロウは、眉間にシワを寄せる。
(まあ……いくらイケメンでも、こんな女みたいな奴に、負ける気はしねえけどな)
 そう考えながらフィックスは、鼻先で笑った。
「ふっ!」
 相手の一連の行動に、スロウは睨むような顔をする。
「……今なんか……失礼な事……考えてるでしょ」
「まあな」
 二人が謎の争いを繰り広げている横で、静かに聞いていたクリアーが口を開いた。
「フィックス、早く行かないと帰り遅くなっちゃうよ」
「あ、そうだな。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい!」
 クリアーに見送られ、フィックスは森の方へと去って行った。まだクリアーと一緒に居たいと思ったスロウは、そこで一つの提案をする。
「……俺……暇だし……買い出し……付き合うよ?」
「え! 大丈夫だよ! リーフとブラックのお手伝いしてきたら?」
 その内容に、スロウは面倒くさそうな顔をして答えた。
「森は……きついから……遠慮しておく……」
「足場悪いもんね。ボクは森って結構好きだよ!」
 歩くのも大変な森を好きだと言うクリアーに、スロウは驚く。
「えええ……すごい……ね……」
 順調に雑談をしているが、やはりまだ、相手と一緒に居たいスロウは、キョロキョロと周りを見渡して続ける。
「どこ……行くの?」
「え……まず、パン屋さん」
 クリアーの行き先がわかったスロウは、パン屋のある方向を指さした。
「あっちだよ……」
「う、うん……」
(なぜか、買い出し手伝ってもらう事に……)
 少々強引な流れではあったが、スロウと話すのが好きなクリアーは、拒否せず、そのまま一緒に買い出しに行く事にした。

 その頃、森の中で薬草を採っているフィックスは、しかめっ面をしながら、独り言を言っていた。
「めんどくせえなあ……ちょいちょいケガとかするから、どうしても常にいるんだよなー」
 そんなフィックスの背後に、真っ黒なバンダナに同色のコートを着た、見慣れた男が現れた。
「あれ? 棒兄ちゃん」
「お? ブラック。さっき偶然スロウに会ってさ、お前も薬草採りに来てるって聞いたぜ」
「うん! まだ少ししか採れてないけど☆」
 ブラックは笑顔で、採った薬草を見せてきた。
「てか、もうすっかりそっちになじんでんな」
「にゃはは☆ うん!」
「……」
 フィックスは無言になり、ブラックを真顔で見つめる。
「なあにー? 抜けた事、まだ怒ってんのー?」
「……べっっっつにーーー」
 腕を組んでそっぽ向くフィックスの態度に、ブラックは吹き出した。
「ふはは! もー☆ 俺様の事、大好きなんだからー☆」
「自惚れんじゃねえ!」
「ツンデレー☆」
 二人のそんな会話を、一緒に来ていたリーフは、黙って見ていた。
「ん? 何だよ」
「私……あんたみたいな男っぽい男って嫌い」
 急にケンカを売られ、フィックスは苛立つ。
「あ? お前……コールやブラックみたいな、可愛いような綺麗なような男の方が少ねえだろ! だいたい俺みたいなのがほとんどだぞ!」
 そう言われ、リーフは仲間の顔を思い出す。
「ロスト様とスロウもいるわよ」
「あの二人も特例だろうが!! 美形ばっかり揃いやがって!!」
「あんたのとこも美形ばっかりじゃない。あ、あんた以外はね! ふふ!」
 ニヤニヤとバカにしたように言うリーフに、フィックスはさらに苛立った。
「むっかつくー!! 美形とは言われねえけど、カッコイイとは言われるし!」
「雰囲気イケメンって事ね★」
「こいつ……」
 リーフはフィックスを指さして、大きな声を出す。
「美形は少ないから価値が高いのよ! この量産型!」
「なっ! さっきから言いたい放題言いやがって! 女だからって許さねえぞ!」
 そんな二人のケンカに、ブラックが割って入った。
「まあまあ二人ともー☆」
 しかし、ブラックを無視し、フィックスが叫ぶ。
「俺お前嫌い!! 全ての男に謝れ!」
「いやよ! もー! 声も大きいしうるさいわ!」
 耳を塞ぐ素振りをするリーフに、フィックスはさらに叫んだ。
「お前もうるせえじゃねえか!」
「女は男より声小さいからいいのよ!」
「高いと響いて余計うるせえだろうがっ!」
 収まらないケンカに、ブラックは笑顔で両手を出して、二人をなだめようとする。
「まあまあー☆」
 リーフは向きを変えると、ブラックの服の袖を掴んだ。
「こんな奴と絡んでたら時間がもったいないわ。ブラック、行くわよ!」
「はいはい☆ じゃあねー! 棒兄ちゃん☆」
 ブラックが手を振ると、リーフは振り向いてフィックスを見る。
「じゃあね、雰囲気イケメンの棒男」
「ああん!?」
 怒るフィックスは無視し、リーフとブラックは、森の奥へと消えて行った。
「去り際までムカつく女だな!」
 フィックスが怒っていると、頭を冷やせと言わんばかりに、雨が降ってきた。 
「うわ! 濡れちまうじゃねえかよ……」
 しのげる場所はないかと辺りを見渡すと、近くに小さな洞窟が見える。
「お、いい場所発見」
 そこに駆け込み、フィックスは雨宿りをする事にした。
「あんま濡れなくて良かった……クリアーも買い出し中だろうし、濡れてなきゃいいけど」
 そのまま地面に座り、フィックスは空を見上げながら、休憩をする事にした。

 一方、スロウとクリアーも雨に降られたので、カフェに入って雨宿りをしていた。
「しばらくしたら止むかなあ」
 クリアーの発言に、スロウはジュースを飲みながら答える。
「どうだろ……」
「うーん、止むといいけど……」
 窓から空を見ているクリアーを見つめながら、スロウは思う。
(そういえば前も一緒に……カフェ行ったな……本屋も行ったし……ロスト様を差し置いて……俺なんかが……何度もクレア様と……でも……ロスト様が居ない時は……できるだけ俺が……見張ってろって……言われてるし……仲良くしろとも言われてるし……まあ……いっか……)
 クリアーは、スロウの飲んでいるジュースを見つめた。
「スロウのオレンジジュースだっけ? 美味しい?」
「え? うん……少し飲む?」
「いいの? じゃあボクのレモネードも、少し飲んでいいよ!」
 クリアーが笑顔でジュースを差し出した時、スロウはふと我に返り、驚愕した。
(しまった! ……リーフと居る時の感覚で言っちゃったけど……これ……間接キスに……なるのでは!?)
 仲間とは気軽にしている行為だったが、リーフを恋愛対象として意識していなかったので、互いの飲み物を飲み合えば間接キスになるという事が、今の今までスロウの頭の中にはなかった。
(食べる前に……半分こするのとは……わけが違う……もうお互い……口つけてるのに……)
 迷いながらも、スロウはジュースを交換し、クリアーが飲むのをドキドキしながら見つめた。
「美味しい!」
「そ……そう……」
(全然気にしてないな……ちょっと……残念……まあ……俺は……口つけたとこ……飲まなきゃ大丈夫……かな……なんか……変な……感じ……)
 スロウがモヤモヤと考えていると、街で見かけた、二人組の女性の一人が居るのが目に入った。
(あの人……さっきの……)
「あー!!」
 女性が目を見開き、何かを見つけたような顔をして叫んだその先には、銀髪の男が立っていた。
「ん?」
「あなたこの間の!」
「あ……」
 銀髪の男は、青ざめた顔で立ちすくんでいるが、女性は怒りをあらわにし、男に近づいていく。
「ちょっと、ひどいじゃない! 女心をもてあそんでー!!」
「ははは……」
 苦笑いをする銀髪の男だったが、ドアの方をチラリと見ると、すぐさま店から飛び出した。
「待ちなさーい!!」
 女性は叫びながら、そのあとを追いかけ、二人は雨の中に消えて行った。
「……あらら」
 クリアーがドアの外を見つめていると、スロウはため息をつき、椅子に寄りかかった。
「……ほら……俺じゃなかったでしょ?」
 スロウのその言葉に、クリアーはなぜか笑いだす。
「ふふ……別に、スロウがそんな事するとは思ってないよ」
「え……」
「いつも、相手の事を考えてて、優しいもん。そんな人が、女の子で遊んだりしないよ」
 思いがけないクリアーの信用に、スロウは胸が高鳴った。
(信じてくれてたんだ……あ……ちょっと……まずい……かも……好きに……なっちゃ……ダメなのに……)
 スロウは胸のときめきを抑えられず、小さく唸る。
「う……うーん……」
「どうしたの?」
 首を傾げるクリアーを見る事もできず、スロウは、胸を押さえて赤面していた。
「いや……別……に……」
(あああ……まずい……どうしよう……)
 好きになってはいけない人を好きになりかけているスロウは、そのあともソワソワと落ち着かなかった。

 雨はなかなか止まず、小さな洞窟で雨宿りしているフィックスは、ぼーっとしていた。
「暇だな……寝そうだぜ……」
 そう独り言をつぶやいていると、遠くからバシャバシャと走る音が聞こえてきた。
「ん?」
「あ! 棒兄ちゃん!」
「ブラック……」
 ブラックの後ろには、黒いコートを羽織ったリーフも居る。
「あ! 棒男! ちょっと雨宿りさせなさい!」
「いいけど、あんま喋るな、うるせえ」
「ふん!」
 二人は洞窟に入ると、顔の水滴を拭った。
「あーん! もう、びしょびしょ! ごめんブラック……上着、ずぶ濡れになっちゃった……」
「いいよ! リーフが濡れなかったら良かったんだけどね」
 そんなブラックの言動と行動に、フィックスは驚く。
(……え? コイツ、こんなイケメン行動すんのか?? そりゃモテるわ……そういや俺、雨の時にクリアーに服かけたりしたことねえな……)
 フィックスはそう思いながら、ブラックとリーフを観察する。
「俺様もびしょびしょー☆ なんか、池にでも落ちたみたいになっちゃったね☆」
「そうねー」
 リーフが答えたあと、ブラックは、着たまま服を絞り水気を切ると、バンダナを外した。
「ふー……」
 まだ濡れている髪から、水滴がポタポタと落ち、それがとても綺麗に見える。
「! ……ブラックってほんと……顔、綺麗よね……」
 うっとりと見つめてくるリーフに、ブラックは笑顔で返す。
「水も滴るイイ男? リーフの方が綺麗だよ☆」
「な! 何言ってるのよ! ……と……当然よ……」
「にゃはは☆」
 モジモジしながら赤くなっているリーフを、フィックスは目を見開いて凝視した。
(……何こいつら……付き合ってんの??)
 ブラックとリーフは、互いの弱さを見せ合った事で、急激に仲が良くなっていたのだが、そんな事は知らないフィックスは、二人をまじまじと見続けた。
「くしゅん!」
 リーフは大きなくしゃみをすると、寒そうに自分の腕をさする。
「冷えるよなー、みんなで近くに集まってれば、少しはあったかいんじゃねえの?」
「え……」
 男らしい男が苦手なリーフは、フィックスの提案に、つい声が漏れてしまった。
「え……ってお前……」
 近づきたくもないような反応をされた事で、フィックスは苛立つ。しかしその横に、ブラックが笑顔でしゃがみ込んだ。
「じゃあ俺様、棒兄ちゃんの隣ねー☆」
「ちょ……あんま近づくな、濡れてて気持ち悪いだろ」
「にゃはは☆」
 物理的な距離を作ってくれたブラックに、リーフはホッとする。
「……ありがとう、ブラック」
「いいえー☆」
「ん?」
 理由を知らないフィックスは、不思議そうな顔をした。
「なんでもないよ☆ 棒兄ちゃん☆」
「そうか?」
「うん☆」
 そのまましばらく三人で雨宿りをするが、雨は一向に止む気配はない。
「止まねえなぁ……」
 時折吹く風のせいで、リーフは体温が下がり、寒さに震えだした。
「リーフ、寒い?」
「ちょっと……」
「俺様も濡れてるから、あっためられなくてごめん」
 気遣うブラックに、リーフは頭を振る。
「いいのよ……ありがとう」
 ため息をつくリーフに、フィックスは自分の服を見た。
「……俺は濡れてねえぞ」
 その言葉に、リーフは叫ぶ。
「いやよ! あんたなんかと抱き合うくらいなら、死んだ方がマシよ!!」
「お前……言い過ぎだろ……」
 フィックスが呆れていると、リーフの震えが強くなった。
「おい、大丈夫か?」
 これ以上黙っている事は難しいと判断したブラックは、フィックスを真剣に見つめて、続けた。
「ごめん棒兄ちゃん。リーフ、男が苦手なんだ」
「ブラック!」
 話されて焦るリーフの方を、ブラックは真剣な表情のまま振り返った。
「棒兄ちゃんには言った方がいいよ。これからも絡むだろうし」
「でも……」
 フィックスはきょとんとした顔で、ブラックを見る。
「え? ブラックも男だろ? なんで平気なんだよ」
「男として見られてないから」
「……ああ……そっか……」
 男として意識されていないのかと、フィックスが哀れみの目を向けてくるので、ブラックは肩を落とす仕草をした。
「じゃなくて……リーフ、中性的な男は平気だけど、筋肉質な、男!! って感じの男は苦手でさ。だから棒兄ちゃんが近づくと、怖いんだよ」
「そうだったのか……わりぃ全く気がつかなくて。男嫌いの女に会った事なかったか……ら」
 フィックスはそう言いながら、過去の自分に起きた出来事を思い出していた。
(ん? でも……クリアーも最初、男苦手だったな……俺のせいでだったけど……もしかして俺……こうやって女を怖がらせてた事……結構あったのかも)
 リーフに視線を移し、フィックスは叫ぶ。
「あー! 俺ダメだな! 知らずに怖がらせて、ごめんなさい!」
 両手を合わせて謝るフィックスの姿に、ブラックは目を見開いて驚く。
「……棒兄ちゃんが、ちゃんと謝った!?」
「え? そんなビックリするところ??」
「だって、いつもわりわりって、軽い謝り方しかしないじゃん」
 日頃の自分の適当な態度を指摘され、フィックスは顔が赤くなった。
「ホ……ホントに悪かったって思ったら、俺だってさすがに、普通に謝るぞ!」
「にゃはは☆ そうだね☆」
 リーフはフィックスを見つめ、小さくため息をつく。
「……いいわよ……もう……」
「でも、このままだと風邪引きかねないよな? 目閉じて、俺をロストだとでも思ってれば?」
 そう言われ、リーフはフィックスを睨んで叫んだ。
「あんたとロスト様を一緒になんて、想像でもできないわよ!」
「じゃあ、せめて服変えろ! 俺の匂いとかするかもしんねえけど、そのままだと体温奪われるから!」
 フィックスは上半身の服を脱ぎ、一度、ブラックに渡す。
「リーフ」
 ブラックが真剣な顔で服を差し出してくるので、リーフは苦悶の表情で考える。
「……うぅ…………わかったわよ!! 二人共! あっち向いてて!」
 なんとか着てくれる事になったので、ブラックはいつもの笑顔に戻った。
「はーい☆」
 フィックスとブラックは、すぐにリーフの居る場所の反対を向いた。
「ありがと、棒兄ちゃん☆」
「俺こそ、ごめん……」
 珍しく素直なフィックスの態度に、ブラックは嬉しくなり、相手を指で突く。
「棒兄ちゃんかわいー☆」
「お、お前なあ!」
 恥ずかしくなり、横に居るブラックを見ようと、振り返りそうになったフィックスに、リーフが叫ぶ。
「こっち向かないで!!」
 瞬時に、近くにあった小石を投げると、見事にフィックスに命中した。
「いて! 石投げんな!」
「棒兄ちゃんのえっちー☆」
 また突いてくるブラックに、フィックスは怒る。
「俺は悪くねえ!!」
 今度は大きなため息をついたあと、リーフは着替えを再開した。
(お酒っぽい匂いはするけど……思ったより男くさくないわね……相手の匂いって嫌だと、とことん嫌になっちゃうけど、棒男の匂いは……嫌いじゃないわ)
 そのまま三人は雑談を交わしながら、雨宿りを続けた。しばらくすると、雨雲が減り、ようやく雨粒も落ちてこなくなった。
「お! やっと上がったな!」
 フィックスは嬉しそうに立ち上がり、背伸びをする。
「棒兄ちゃん、服洗って返すから、今日は借りていい?」
 そう言ってブラックは、リーフの方を指さした。
「おう」
「近々、返しに行くねー☆」
 フィックスに笑顔を見せてから、ブラックは立ち上がり、次はリーフの顔を覗き込んだ。
「濡れちゃったし、一回宿に戻ろっか☆ 体調大丈夫?」
「……」
 手を差し伸べているブラックと目を合わさず、リーフは黙ってしまった。そんな様子を見ていたフィックスは、少し心配そうに言う。
「だ……大丈夫か?」
 一度フィックスを見たあと、リーフはブラックの手を取り、立ち上がった。
「……大丈夫よ。……あんたのおかげでね…………あ……ありがとう」
 リーフのお礼の言葉に、フィックスは目を見開く。
「!」
「何よその顔!」
 恥ずかしいようで、顔を赤くしているリーフをまじまじと見ながら、フィックスは続ける。
「お前、礼言えたんだな」
「ブラックには頻繁に言ってるでしょ!!」
「あ! 確かにな! ……どういたしまして」
 フィックスに微笑まれ、恥ずかしい気持ちと、優しくされてなんだか嬉しい気持ちでいっぱいになったリーフは、相手の足を強く蹴った。
「いって!! なんで蹴った……く……そ」
 痛みにやや縮こまるフィックスに、リーフはつぶやく。
「……あんたは怖くないってわかったから……今度からそんなに距離……気にしなくていいわよ……」
「え?」
 顔を見つめてくるフィックスに、リーフは叫んだ。
「ブラック達と同じ距離感で接してあげる! って言ってるの!」
「何を偉そうに……」
 上からの物言いに、フィックスは眉をひそめる。
「わかった!?」
「……わかったよ……」
 ブラックの手を握ったまま、リーフは早足で進み、振り返らずに大声を出した。
「じゃあね!!」
「おう……」
 そのまま帰ろうとするリーフに、ブラックは思いだしたような顔をする。
「あ! リーフ、ちょっと待ってて」
「え?」
 一度手を離すと、ブラックはフィックスの所へ戻って来た。
「これどうぞ☆ さすがに、半裸は困るでしょ?」
 持っていた、少し濡れているコートを、ブラックは差し出す。
「ああ、半裸だったの忘れてた……」
 そう言いながら自分の体を見つめるフィックスに近寄り、ブラックは耳打ちした。
「ごめん棒兄ちゃん。リーフが蹴ったの、あれ……照れ隠しだよ」
「ツンデレかよ……」
 フィックスは眉間にシワを寄せているが、そんな相手を見て、ブラックは嬉しそうな声を出した。
「にゃはは☆ 棒兄ちゃんと一緒だね☆」
「俺はツンデレじゃねえ!」
「あははっ! そのコート、色々仕込んでるから洗わなくていいからね☆ 適当に乾かしておいて☆ じゃねー☆」
 ブラックはフィックスに手を振り、リーフの元へ戻ると、再び手を繋いで去って行った。
「色々仕込んでるってどんなコートだよ……さすが元泥棒……てか、手を繋ぎ直せるのすげえな……まあ、色々怖かったかもしんねえしな……ムカつく女だけど、今後も関わるんだろうし、リーフが俺を平気になったのは良かったかな……」
 コートを羽織りながら独り言を続けるフィックスの脳裏には、コールとクリアーの顔が浮かんでいた。
「あー……二人に……会いてえな」
 ポツリとこぼしたその言葉を聞いていたかのように、クリアーの元気な声が聞こえてきた。
「フィックスー!」
「く……クリアー??」
 声の方を見ると、クリアーとコールが、急ぎ足でこちらに向かって来ていた。
「雨で冷えてるかもしれないから、迎え行こうってなって! コールも仕事早く終わったから、一緒に来たの!」
 そう言うクリアーを見つめていると、コールがタオルを差し出してきた。
「濡れませんでしたか? 体も冷えてませんか?」
「コール……」
 フィックスは、熱くなった目頭を隠すように、受け取ったタオルに顔をうずめた。
「あー……、仲間って良いな!」
「ん? うん!」
 笑顔であろうクリアーのその声に、フィックスもまた、笑顔になった。
「フィックス、それブラックのコートだよね? どうしたの?」
「これはな……」
 晴れた空の下を、今日あった出来事を話しながら、三人は楽しく宿に戻った。

 ブラックとリーフも宿に戻り、順番に風呂に入ったあと、部屋でくつろいでいると、外出していたロストが帰ってきた。
「ん? クレアと会ったのか?」
「え? クレア様は、会ってないですけど……」
 首を傾げるリーフをじっと見つめながら、ロストは続ける。
「かすかにクレアの香りがする」
 その発言に、リーフとブラックは驚く。
(クレア様の匂い? 一体なんで?? ……はっ!)
 二人はテーブルの上に置いていた、フィックスの服を見た。
(棒兄ちゃんの服に移ったクリアーちゃんの残り香で!? 鼻良すぎじゃない!? ロスト様、気持ち悪っ!!)
 リーフとブラックが若干引いている時に、天気が悪かったので、室内の干場に干していた乾いた洗濯物を抱えたスロウが、部屋に戻って来た。
「ロスト様……おかえりなさい」
「ん? スロウもか? スロウの方が、香りが強いな……」
「え??」
 スロウはクリアー本人と一緒に居た為、強く香りが移ったようだったが、いつも全神経をクレアに集中しているロストにはわかっても、それ以外の人には、全くわからないのだった。