第十九話 「ヴェリアス再び」

 少し曇った、ジメジメとした湿気の多い天気だったが、休みだったので、コールは散歩をしていた。
「雨降るかな?」
 コールは、肩に止まっている一二三ひふみに話しかけた。
「どうかなー、まだ大丈夫じゃない?」
 一二三はコールと一緒に、空を見上げる。
「いつも木にいるけど、雨の時って濡れないの?」
 コールの質問に、一二三は元気よく答えた。
「葉っぱが重なってて、濡れにくいところにいるよ! ちょっとくらい濡れても、ぼく、平気だし!」
「そっか、何か不便だったら、すぐ教えてね」
 コールがそう言うと、一二三は嬉しそうに返事をした。
「うん! ありがとう!」
 ひとけの少ない道を会話をしながら歩いていると、前方から、同じく会話をしている二人組の男が現れた。
「最近『月の城』の陛下を見たって奴がいたんだけどさー」
 話しているその内容に、コールは少し驚いたように、体をビクッと動かした。
「え? マジで?」
 言われた左側に居る男は、目を見開いて聞き返した。
「マジマジ。けど一人で行動してたらしいぞ」
「一人? さすがに護衛や付き人も居るだろ?」
 眉間にシワを寄せながら左側の男が言うと、右側の男が納得したような顔をした。
「あ、護衛が隠れて側にいんのか!」
「じゃないと危ないだろー」
 そのような会話を、コールは通り過ぎるまで聞いていた。
(こんなところに陛下が!? …………見つからないようにしないと……)
 少し様子のおかしいコールに気づいた一二三は、小さな声で話しかけた。
「コールどうしたの?」
「……一二三が仲間になる前に『月の城』のヴェリアス王に捕らえられて、逃げた事があるんだよ」
 コールも小声で、少し困ったような顔をして答えた。
「もし会ったら、また捕まえられちゃう?」
 一二三は首を傾げて、コールを見ている。
「そうなると困るから、帰ってフィックスさんに相談してみよう」
「うん。雨も降るかもしれないし」
 散歩は切り上げて、コールは速足で宿に帰った。

 部屋に帰ると、さっそくさっきの二人組の男の話を伝えた。
「え? マジで? じゃあ街移動するか?」
 驚いた顔で言うフィックスに、コールは戸惑うように答えた。
「でも……ハッキリはしてませんし……」
 他人の会話を偶然聞いただけで、情報が正確かどうかはわからないので、コールはどうしようかと迷っていた。
「いや、見つかってからじゃ遅いし、すぐ出ようぜ。仕事も入れてなかったし丁度いいじゃん」
 フィックスの言葉に、コールは申し訳なさそうにした。
「すみません……」
「気にすんな! また捕まると大変だしな…………そういやブラックは?」
 部屋に帰る途中、コールはブラックがクリアーの部屋に入っていくのを目撃していた。
「クリアーと話してるみたいですけど」
 そう言われて、フィックスは首を傾げた。
「何話してんだ? ちょっと見てくる」
「はい」
 フィックスは、隣のクリアーの部屋に向かった。
「ん? ドア開いてる……」
 部屋のドアの前まで行くと、ブラックの元気なチャラい声が聞こえてきた。
「そうなんだー☆」
「うん! フィックスはそんな感じだよ!」
 なにやらフィックスの話を、二人でしているようだ。
(俺の話??)
 内容が気になったフィックスは、部屋に入らず、ドアの前で聞き耳を立てた。
「へー☆ ところで、棒兄ちゃんの事はどう思う?」
「え?」
「近くに居ると、どきどきするとかないのー?」
 どうやらブラックは、クリアーに恋バナを振っているようだった。
(!? あいつ何聞いてんだよ! ……クリアーはこないだコールともそんな話してたけど……コールは気になる相手みたいだから、誤解されたくなくてああ言ったのかもしれねえ……ブラックにも……同じように言うのか? ……気に……なる……)
 そう思いながら、フィックスは盗み聞きを続けた。
「どきどきは……」
 クリアーの少し戸惑ったような声に、フィックスはどきどきした。
「……怒られそうだなって時は……するかも!」
 全くもって思っていた言葉と違う事を言われ、フィックスは一人で居るにもかかわらず、よろけたような動きをした。
(なんだよそれ!)
 そんなクリアーの返しに、ブラックは笑いながら続けた。
「にゃはは☆ それも確かにどきどきだね☆ じゃあー、棒兄ちゃんと付き合えたら付き合ってみたい?」
 ブラックの質問に、フィックスは疑問に思った。
(なんでそんな事聞いてんの、あいつ……)
 クリアーはこの質問に対して、少し驚く。
「え……付き合う?」
「棒兄ちゃんが彼氏になるって事☆」
 ブラックを見つめながら、クリアーは最近の出来事を思い出していた。
(こないだコールにも、付き合ってるとか勘違いされたなあ……)
 俯いて、クリアーは質問に答えた。
「フィックスは……お兄ちゃんみたいな感じだし……」
 そう言うクリアーに、ブラックは間髪入れずに追及をする。 
「じゃあ男として考えてみてー☆」
「えええ……」
 ブラックは、クリアーをじっと見ながら思った。
(それでどう変わるかな……)
 色々と耐えきれなくなったフィックスは、部屋にずかずかと入って、叫んだ。
「ブラック!!」
 急に現れたフィックスを、クリアーとブラックは見つめた。
「フィックス」
「あれ? 棒兄ちゃん」
 フィックスは、顔を赤くして怒っている。
「お前! 何を聞いてんだよ!!」
「あちゃー☆ ばれちゃった☆」
 わざとらしく、頭を片手で軽く叩く仕草をするブラックに、フィックスはさらに苛立った。
「ちょっとこっちこい!」
 フィックスはブラックの腕を掴んで立たせ、引きずるようにドアの方へと連れて行く。
「クリアーちゃん、またねー☆」
 動じず、笑顔で手を振るブラックに、クリアーも軽く手を振った。
「うん……」
(なんだったんだろう……)
 クリアーは首を傾げて、疑問に思っていた。

 誰も居ない廊下にブラックを連れてきたフィックスは、腕を組み、睨みながら言った。
「お前……何クリアーに聞いてんの?」
 怒っているフィックスに対し、ブラックは相変わらずの笑顔で答えた。
「いやー☆ 気になるじゃんね☆」
「何が……」
 ブラックは満面の笑みで、相手を覗き込んで続けた。
「棒兄ちゃん、クリアーちゃん好きなのにさー☆」
「は!?」
 そう言われ、驚いた顔をして固まったフィックスを見て、今度はブラックが少し驚いた。
「え? ……隠してたつもりなの??」
「え!?」
「俺様応援するって言ったじゃん」
 ブラックは仲間に入って割と最初の方に、フィックスにハッキリそう言っていた。
「俺あのとき、クリアーを好きって自覚なかったぞ!?」
「えー? 駄々洩れだったじゃん☆」
 クリアーへの想いを自分が自覚する前から、ブラックに悟られていた事に、フィックスは恥ずかしくなって、赤面した。
「マジか………………って! いや、俺は!」
 なんとかごまかそうとするフィックスに、ブラックは両手を挙げて、降参するようなポーズをとった。
「はいはい☆ もう隠すの無理でしょー☆」
 フィックスは口をへの字に曲げ、顔を真っ赤にした。
「くそ……」
 ブラックは、フィックスの肩をポンポンと軽く叩きながら続けた。
「コールくんとクリアーちゃんは、まだ付き合ってないよね? 今のうちに奪わないの??」
 笑顔で言うブラックに、フィックスは動揺した。
「何言ってんのお前!?」
 ブラックはフィックスに近づき、耳元でささやいた。
「今のうちに、手、……出しちゃえば?」
 悪魔のささやきをしてくるブラックに、フィックスは暗い声で答えた。
「いや……あいつ俺の事何とも思ってないし……コールもクリアーに、もしかしたら気があるかもしれねえし……そんな時に手なんて……出せねえよ……」
 俯いて、小さく言うフィックスに、至近距離に居たブラックは、少し離れてから聞いた。
「ふーん……そんなに好きなの?」
「え?」
 フィックスは顔を上げ、ブラックを見た。
「軽い気持ちじゃなくて?」
 ブラックは真剣な顔で、フィックスを見つめている。
「……クリアーは……なんか特別っていうか……あいつピュアだしさ……」
 面白くなさそうに、手を頭の後ろで組んで、ブラックは言った。
「真面目だねー」
 あまり自分に縁のない言葉に、フィックスはきょとんとした。
「?? 俺が真面目に見えんのか? 顔が好きってだけで、女と付き合ったりしてたぞ」
「少なくともクリアーちゃんには、真面目で一途に見えるけど?」
 そう言われ、フィックスはふと、自分のここまでの行動を思い出した。
「……そういえば、クリアーに会ってから……誰とも付き合ってねえな……」
 ブラックはまた、笑顔でフィックスに顔を近づけた。
「じゃあさ、クリアーちゃんに無意識に本気になってて、棒兄ちゃんも変わったんじゃないの?」
「…………って、なんでお前に本気になってる事気づかされるんだよ!!」
 フィックスはまた真っ赤になり、動揺した。
「にゃはは! 俺様は棒兄ちゃん応援するけどな! 面白いし!」
「応援されてもなあ……」
 ブラックはフィックスの両肩を掴み、興奮気味に叫んだ。
「一緒にいるうちに徐々に好きに! ってあるあるじゃん!?」
 嬉しそうにするブラックに、フィックスは冷めたような顔で返した。
「ねえと思うわー……あいつコール大好きだし……それにその法則、コールに適応されてんじゃね?」
「もー! 自信ないなー……まあ、落としたくなったら俺様に相談するといい! 今まで百人以上の女性に告白された、俺様に!」
 親指を自分に向け、得意げな顔でブラックは言った。
「その顔ならモテるだろうけど……女遊びしてた事あるんだよな?」
「女遊びって言うとあれだけど、相手はいつも一人だけで、同時とかないよ☆」
 フィックスが思っていた女遊びと違うので、確認のために聞き返した。
「それは彼女じゃないのか??」
「彼女じゃないよ☆」
「なのに一人だけとか……変に誠実だな……」
 そう言われて、ブラックは真顔になった。
「トラブルも増えるし、かわいそうじゃん。俺様が荒れてて変な事してんのにさ、相手に他に誰かいる場合も断ってた」
「謎モラルだな……それで相手を好きになったりしなかったのか?」
 ブラックは、またまた真顔で答えた。
「俺様はなかったねー。関係を持つ前に、気持ちが出たら関係を解消するって約束でだったんだけど、みんな途中から気持ちが出てくるからさー、解消する時は結構大変だったね」
 フィックスは、理解不能と言わんばかりの顔をした。
「クズなのか優しいのか混乱するわ……てか、そんな生活してて、こどもできたりしなかったのかよ」
「なかったね……別れてもしばらくは同じ場所に居て、相手から俺様に連絡取れるようにしてたけど」
「ホント謎モラル」
 フィックスがそう言うと、ブラックは少し寂しそうな顔をしたあと、ぱっと笑顔になって続けた。
「だよね☆ 相手の事振って傷つけるし、かわいそうだなって思ってやめた☆ そういうの集中してしてたの一年ちょっとくらいだけど……」
「一年……ちなみに何人くらい?」
 過去を思い出しながら、ブラックは答えた。
「……三十人……くらい?」
「三十人……俺付き合った女、三人なんだけど……一桁違う……」
 驚くフィックスに、ブラックは笑顔を見せた。
「まあ、今はそういうの興味ないけどね☆」
「飽きるほど堪能したのか?? すげえな……」
「にゃはは☆ 堪能はしてないけど、そういうのって……虚しいしね……」
 ブラックは俯き、小さな声で続けた。
「一年とっかえひっかえする前に……五年同棲してた子居たんだけど……」
「五年!? それは彼女だろ!?」
「いや……元……友達かな……色々あって……その子からそういうの、はじまった感じだけど……その子と離れるのは……一番苦しかったかな……」
 そう話すブラックの表情は、今にも泣きそうで、本当に苦しそうだった。
(なんか……そいつだけ訳ありっぽいな……悪夢を見るのが減るから、女と居たって前言ってたけど、何年その悪夢に悩まされてんだよ、こいつ……)
 フィックスがそう思っていると、ブラックは顔を上げ、いつもの笑顔になった。
「まあ、それでそういう事するのは、どうでもよくなっちゃったんだよ☆」
「まともになったなら良かったな……って、こないだ女部屋に連れ込んでなかったっけ?」
 前回ブラックは、ロストの仲間のリーフと偶然遭遇し、足をケガした相手の治療をしていた。リーフはその時、存在を隠したがっていたので、今回もブラックはそれを尊重して、適当な事を言った。
「あれはあれ☆」
「全然まともになってねえじゃん!」
「にゃはは☆」
(手当しただけで、あの子とはなんもしてないけどね)
 ブラックはそう思いながら、同時に、もっと昔の事も思い出していた。
「まあ、俺様も……恋愛じゃないけど……忘れられない奴はいるよ……」
 そう話し、ブラックはフェードの顔を思い浮かべていた。
「……ブラック?」
 過去に入り込み過ぎていたブラックは、フィックスの声に、ハッと我に返った。
「って、ちょっと話し過ぎたね……まあ俺様も色々あんのよ☆」
「お、おお……」
「てか、俺様かクリアーちゃんに用事だったんじゃないの?」
 きょとんとして見つめるブラックに、フィックスは顔を赤らめ、目をそらした。
「いや……ブラックとクリアーが……二人で話してるって聞いたから……」
 もごもごと話すフィックスに、ブラックは両手の人差し指を向けて、満面の笑みで、茶化すように言った。
「ヤ☆ キ☆ モ☆ チー☆」
「うるせえなっ!!」
 フィックスは、向けてくるブラックの指を、手で払った。
「俺様はクリアーちゃん狙わないから、安心しなさい☆」
 そう断言するブラックに、フィックスは相手の過去の行動を思い出し、疑いの眼差しを向けた。
「腰抱いたり、顎クイとかしといて……」
「にゃはは☆ それはそれ☆」
「都合良いなおい……」
 時に呆れながらも、フィックスは全体的にブラックの事を気に入っていた。実はブラックの方が、心の距離を取っている事など、全く知らずに……。

 フィックスとブラックが部屋に戻ると、クリアーが自分の部屋から移動して、コールの横の椅子に座っていた。
「お、クリアー」
「フィックス、コールから聞いたよ。もう街出るんでしょ?」
「おう」
 ブラックもここに戻るまでの間に、フィックスに事情を聞かされていたので、自分のベッドに向かい、荷造りをしようとした。だが、服を畳むのが面倒だと思い、コールに声をかける。
「コールくん☆ ちょっと来てー☆」
「はい。なんですか?」
 それを見たフィックスは、すかさずブラックに言う。
「おいブラック、コールにやらせるなよ。甘えんな」
 しかし、責任を感じているコールは、申し訳なさそうに返した。
「俺のせいですし、手伝います」
 そんなコールの言葉に、ブラックは楽ができるので、とても嬉しそうにした。
「ありがとー☆」
 フィックスは頭をかきながら、呆れた顔でつぶやいた。
「まったく……」
 そして、さっきブラックに言われた言葉を思い出した。

『一緒にいるうちに徐々に好きに!ってあるあるじゃん?』

(まあ……ねえと思うけど……)
 フィックスはクリアーに近づき、真剣な顔で言った。
「クリアー、俺はお前の幸せを願ってるからな」
「え?」
 そう言われたクリアーは、少し驚いたあと、なぜか顔を赤面させた。その態度を見たフィックスは、瞬時に思う。
(あれ? ……もしかして俺が変わってきたように、クリアーも何か変わってきてるのか??)
 クリアーはしばらく俯いて、考え事をした。
(ブラックがさっき変な事言ったから……なんか……意識しちゃうじゃない……)
 恋愛に鈍感なクリアーも、色々言われると、少し意識してしまうようだった。
「……ありがとうフィックス」
 少し照れた顔で、クリアーはフィックスにお礼を言った。
「お、おう……」
 そんなやり取りのあと、みんなで荷造りを行い、全員が完了すると、コール達は退室手続きを済ませ、宿を出た。

 街を出る為に四人で歩いていると、道の角から走って出てきた人物と、コールがぶつかってしまった。
「わ! すみません!」
 コールが謝ったその時、ぶつかった衝撃で、相手は何かを落とした。
「……?」
 拾い上げてよく見ると、それは『月の城』の紋章の入った指輪だった。男は強引にそれを奪い返すと、睨むようにコールを見た。
「それ……ヴェリアス王が付けてる指輪……?」
「ち……!!」
 男は持っていた剣を出し、コールに襲い掛かった。
「コール!!」
 瞬時にフィックスが、棒で相手の腕を攻撃すると、男は苦悶の表情を浮かべ、剣を落とした。
「くそ!!」
 剣を落としたまま、男はその場から逃げ出した。
「追いかけましょう!!」
 コールのその発言に、フィックスはきょとんとした。
「え? なんで?」
「さっきの指輪……陛下に何かあったのかも!!」
「え……でも」
 ヴェリアス王は、コールを捕まえようとしている相手で、会えばまた捕えられるかもしれない。だがコールは、強い目をしてフィックスに叫んだ。
「放ってはおけません!!」
 自分を危険に晒してくる相手なのに、コールは助ける事を選択した。その姿に、フィックスも協力する事を決意した。
「わかったよ! ブラック! 荷物頼む!」
「了解☆」
 ブラックに荷物を預け、フィックスは逃げた男の進んだ方へと向き直る。
「クリアー、オレの荷物お願い!」
「うん!」
 コールはクリアーに荷物を渡し、すぐさま走り出した。
「二人はここで待ってて!」
「わかった! 気をつけてねー!」
 クリアーの言葉に頷き、コールはフィックスと共に、男を追いかけた。

 薄暗く、どこかもわからない部屋の中に、ヴェリアスは手を縛られ、布で口を覆われ、捕らえられていた。
(くそー……護衛を全員眠らせて私を狙ってくるとは……城の王が捕えられたとなると……大問題だぞ……)
 ヴェリアスがそう思っていると、ドアが開き、先ほどコール達と戦闘になった男が入ってきた。
「よう」
 布で口を覆われているせいで話せないヴェリアスは、暗闇の中、目を凝らした。
「城の内部情報……吐く気になったか?」
 男はヴェリアスの口の布をずらし、持っていたナイフを顔に突きつけ、答えを待った。
「……何をされても……言う気はない……」
 そう答えたヴェリアスに、男は冷酷な目を向けた。
「……じゃあ、お前を人質に……城に直接交渉する」
 再び口を布で覆い、男は近くにある椅子に座った。
(くそ……)
 ヴェリアスは、どうすればここから逃げられるか考えていたが、拘束された状態では、なすすべはなかった。
 しかしその時、薄暗い部屋の中に、急に眩い光が発生した。
「なんだ!?」
 男ははじめて見る光に動揺しているが、ヴェリアスには、どこかで見覚えのある光だった。
(この……光は……)
 二人はその光の先を見ようとしたが、先に男が持っているナイフが破壊された。
「うわ!!」
 次の瞬間、左手をかざしたコールが『千の力』の光りを放ちながら、部屋に勢いよく入ってきた。
「フィックスさん!!」
「おう!!」
「な!! お前、さっきの!!」
 男がそう言った瞬間、フィックスが思い切り棒を打ち付け、男を攻撃した。
「ぐはぁ!!」
 衝撃で男はその場に倒れ、気絶したのか、動かなくなってしまった。
「なんだ、弱えじゃん」
 フィックスは余裕そうな声を出したあと、男を縄で縛った。同時にコールは、拘束されているヴェリアスを見て、駆け寄る。
「陛下!!」
 すぐに拘束を解き、ヴェリアスはやっと、自由になった。
「コール、お前……」
「大丈夫ですか? ケガは?」
 自分を心配するコールを見て、ヴェリアスは不思議に思う。
「なぜ助けた……私は……お前を捕らえようとしたのに……」
 呆けたようにコールを見るヴェリアスに、コールは言った。
「陛下を必要としている人は沢山います。……でも、ボクを必要としてくれている人もいるので、ボクは捕まっても、また逃げます」
 強い目をしながらも優しく語るコールに、ヴェリアスは、なんともいえない気持ちになった。
「……ふ……はっはっは! さすがだな!」
 大笑いしている相手に、フィックスは引いた。
「こんな状況で笑うとか……」
 ヴェリアスは手をフラフラと前後に動かし、笑い終えると、フィックスを見て続けた。
「いや、すまない……二度も助けられて……コールを狙うのは違うな……」
「ボクじゃなくても、狙ったらだめですよ」
 微笑みながら言うコールに、ヴェリアスは、また笑いだしてしまった。
「ははは! そうだな! ……これからは無理やり捕らえるのではなく……志願してくるものを受け入れよう」
「陛下……」
 ヴェリアスの目には、かつてコールとはじめて会った時に、城を護りたいと言っていた時の瞳の輝きが復活していた。拘束されて、命の危機を感じている間に、色々と考えを巡らせていたのも、影響しているようだった。
「今までは、金や地位などを過剰に提供してでも『千の力』の持ち主を城に迎えようとしていたが…………エサでつるようなやり方で、本当に城を守ってくれるわけもなかったな……」
 そう語るヴェリアスに、フィックスは即座に答えた。
「そりゃそうだな」
 ヴェリアスは吹っ切れたのか、大きく息を吐くと、キラキラとした澄んだ目を見せた。
「今後はコールのように、相手を守る意志の強い者を受け入れよう」
「そうですね、それが良いと思います」
 そう言うコールに、ヴェリアスは拳を握り、気合を入れて続けた。
「来てくれたなら、やはり貴重な存在なので、給料は高めに払うがな! その為にこれからも色々な街に『千の力』の持ち主を探しに行かねばならない! そう! 私自らなっ!!」
 フィックスは疑問に思い、質問をする。
「それ……部下に任せねえのかよ」
 ヴェリアスは一度手を振り回し、フィックスを見ながら続けた。
「私は自分で見たものしか信用しない!! ……まあ、コールの言う事なら、信用しても良い!!」
 その言葉に、フィックスは呆れた顔をした。
「手のひら返しすげえ……俺ならめんどくせえし、部下に全任せするけど……しっかし、放浪癖のひどい王様だなあ……」
 城の陛下を前に一人称も変えずに、ため口で、さらに言いたい放題のフィックスに対し、コールが焦る。
「フィックスさん……」
「だってさあ……」
 ヴェリアスはゆっくりと立ち上がり、二人を見つめた。
「コール、フィックス。助かったよ、ありがとう。何か困ったことがあれば……次は私が助けよう」
 そう言ったヴェリアスには、王様らしい、威厳が備わっていた。
「ありがとうございます……陛下」
 ヴェリアスは握手を求め、手を差し出した。コールは笑顔でその手を取り、二人は微笑み合った。
 その姿を見ながら、フィックスは思う。
(コールってホント不思議な奴だな……普通じゃやらねえ事をして、普通じゃ起きねえ変化を起こす……『千の力』の持ち主がみんなコールみたいだったら……平和な世界になりそうだな……俺ももっと……クリアーの為に……)
 まだまだ世界平和までは強く考えられないが、コールの姿を見て、フィックスも自分の行いをさらに磨いていこうと、密かに思っていた。

◇第一話から読む◇

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