少し曇った、ジメジメとした湿気の多い天気だったが、休みだったので、コールは散歩をしていた。
「雨降るかな?」
コールは、肩に止まっている一二三に話しかけた。
「どうかなー、まだ大丈夫じゃない?」
一二三はコールと一緒に、空を見上げる。
「いつも木にいるけど、雨の時って濡れないの?」
コールの質問に、一二三は元気よく答えた。
「葉っぱが重なってて、濡れにくいところにいるよ! ちょっとくらい濡れても、ぼく、平気だし!」
「そっか、何か不便だったら、すぐ教えてね」
コールがそう言うと、一二三は嬉しそうに返事をした。
「うん! ありがとう!」
ひとけの少ない道を会話をしながら歩いていると、前方から、同じく会話をしている二人組の男が現れた。
「最近『月の城』の陛下を見たって奴がいたんだけどさー」
話しているその内容に、コールは少し驚いたように、体をビクッと動かした。
「え? マジで?」
言われた左側に居る男は、目を見開いて聞き返した。
「マジマジ。けど一人で行動してたらしいぞ」
「一人? さすがに護衛や付き人も居るだろ?」
眉間にシワを寄せながら左側の男が言うと、右側の男が納得したような顔をした。
「あ、護衛が隠れて側にいんのか!」
「じゃないと危ないだろー」
そのような会話を、コールは通り過ぎるまで聞いていた。
(こんなところに陛下が!? …………見つからないようにしないと……)
少し様子のおかしいコールに気づいた一二三は、小さな声で話しかけた。
「コールどうしたの?」
「……一二三が仲間になる前に『月の城』のヴェリアス王に捕らえられて、逃げた事があるんだよ」
コールも小声で、少し困ったような顔をして答えた。
「もし会ったら、また捕まえられちゃう?」
一二三は首を傾げて、コールを見ている。
「そうなると困るから、帰ってフィックスさんに相談してみよう」
「うん。雨も降るかもしれないし」
散歩は切り上げて、コールは速足で宿に帰った。
部屋に帰ると、さっそくさっきの二人組の男の話を伝えた。
「え? マジで? じゃあ街移動するか?」
驚いた顔で言うフィックスに、コールは戸惑うように答えた。
「でも……ハッキリはしてませんし……」
他人の会話を偶然聞いただけで、情報が正確かどうかはわからないので、コールはどうしようかと迷っていた。
「いや、見つかってからじゃ遅いし、すぐ出ようぜ。仕事も入れてなかったし丁度いいじゃん」
フィックスの言葉に、コールは申し訳なさそうにした。
「すみません……」
「気にすんな! また捕まると大変だしな…………そういやブラックは?」
部屋に帰る途中、コールはブラックがクリアーの部屋に入っていくのを目撃していた。
「クリアーと話してるみたいですけど」
そう言われて、フィックスは首を傾げた。
「何話してんだ? ちょっと見てくる」
「はい」
フィックスは、隣のクリアーの部屋に向かった。
「ん? ドア開いてる……」
部屋のドアの前まで行くと、ブラックの元気なチャラい声が聞こえてきた。
「そうなんだー☆」
「うん! フィックスはそんな感じだよ!」
なにやらフィックスの話を、二人でしているようだ。
(俺の話??)
内容が気になったフィックスは、部屋に入らず、ドアの前で聞き耳を立てた。
「へー☆ ところで、棒兄ちゃんの事はどう思う?」
「え?」
「近くに居ると、どきどきするとかないのー?」
どうやらブラックは、クリアーに恋バナを振っているようだった。
(!? あいつ何聞いてんだよ! ……クリアーはこないだコールともそんな話してたけど……コールは気になる相手みたいだから、誤解されたくなくてああ言ったのかもしれねえ……ブラックにも……同じように言うのか? ……気に……なる……)
そう思いながら、フィックスは盗み聞きを続けた。
「どきどきは……」
クリアーの少し戸惑ったような声に、フィックスはどきどきした。
「……怒られそうだなって時は……するかも!」
全くもって思っていた言葉と違う事を言われ、フィックスは一人で居るにもかかわらず、よろけたような動きをした。
(なんだよそれ!)
そんなクリアーの返しに、ブラックは笑いながら続けた。
「にゃはは☆ それも確かにどきどきだね☆ じゃあー、棒兄ちゃんと付き合えたら付き合ってみたい?」
ブラックの質問に、フィックスは疑問に思った。
(なんでそんな事聞いてんの、あいつ……)
クリアーはこの質問に対して、少し驚く。
「え……付き合う?」
「棒兄ちゃんが彼氏になるって事☆」
ブラックを見つめながら、クリアーは最近の出来事を思い出していた。
(こないだコールにも、付き合ってるとか勘違いされたなあ……)
俯いて、クリアーは質問に答えた。
「フィックスは……お兄ちゃんみたいな感じだし……」
そう言うクリアーに、ブラックは間髪入れずに追及をする。
「じゃあ男として考えてみてー☆」
「えええ……」
ブラックは、クリアーをじっと見ながら思った。
(それでどう変わるかな……)
色々と耐えきれなくなったフィックスは、部屋にずかずかと入って、叫んだ。
「ブラック!!」
急に現れたフィックスを、クリアーとブラックは見つめた。
「フィックス」
「あれ? 棒兄ちゃん」
フィックスは、顔を赤くして怒っている。
「お前! 何を聞いてんだよ!!」
「あちゃー☆ ばれちゃった☆」
わざとらしく、頭を片手で軽く叩く仕草をするブラックに、フィックスはさらに苛立った。
「ちょっとこっちこい!」
フィックスはブラックの腕を掴んで立たせ、引きずるようにドアの方へと連れて行く。
「クリアーちゃん、またねー☆」
動じず、笑顔で手を振るブラックに、クリアーも軽く手を振った。
「うん……」
(なんだったんだろう……)
クリアーは首を傾げて、疑問に思っていた。
誰も居ない廊下にブラックを連れてきたフィックスは、腕を組み、睨みながら言った。
「お前……何クリアーに聞いてんの?」
怒っているフィックスに対し、ブラックは相変わらずの笑顔で答えた。
「いやー☆ 気になるじゃんね☆」
「何が……」
ブラックは満面の笑みで、相手を覗き込んで続けた。
「棒兄ちゃん、クリアーちゃん好きなのにさー☆」
「は!?」
そう言われ、驚いた顔をして固まったフィックスを見て、今度はブラックが少し驚いた。
「え? ……隠してたつもりなの??」
「え!?」
「俺様応援するって言ったじゃん」
ブラックは仲間に入って割と最初の方に、フィックスにハッキリそう言っていた。
「俺あのとき、クリアーを好きって自覚なかったぞ!?」
「えー? 駄々洩れだったじゃん☆」
クリアーへの想いを自分が自覚する前から、ブラックに悟られていた事に、フィックスは恥ずかしくなって、赤面した。
「マジか………………って! いや、俺は!」
なんとかごまかそうとするフィックスに、ブラックは両手を挙げて、降参するようなポーズをとった。
「はいはい☆ もう隠すの無理でしょー☆」
フィックスは口をへの字に曲げ、顔を真っ赤にした。
「くそ……」
ブラックは、フィックスの肩をポンポンと軽く叩きながら続けた。
「コールくんとクリアーちゃんは、まだ付き合ってないよね? 今のうちに奪わないの??」
笑顔で言うブラックに、フィックスは動揺した。
「何言ってんのお前!?」
ブラックはフィックスに近づき、耳元でささやいた。
「今のうちに、手、……出しちゃえば?」
悪魔のささやきをしてくるブラックに、フィックスは暗い声で答えた。
「いや……あいつ俺の事何とも思ってないし……コールもクリアーに、もしかしたら気があるかもしれねえし……そんな時に手なんて……出せねえよ……」
俯いて、小さく言うフィックスに、至近距離に居たブラックは、少し離れてから聞いた。
「ふーん……そんなに好きなの?」
「え?」
フィックスは顔を上げ、ブラックを見た。
「軽い気持ちじゃなくて?」
ブラックは真剣な顔で、フィックスを見つめている。
「……クリアーは……なんか特別っていうか……あいつピュアだしさ……」
面白くなさそうに、手を頭の後ろで組んで、ブラックは言った。
「真面目だねー」
あまり自分に縁のない言葉に、フィックスはきょとんとした。
「?? 俺が真面目に見えんのか? 顔が好きってだけで、女と付き合ったりしてたぞ」
「少なくともクリアーちゃんには、真面目で一途に見えるけど?」
そう言われ、フィックスはふと、自分のここまでの行動を思い出した。
「……そういえば、クリアーに会ってから……誰とも付き合ってねえな……」
ブラックはまた、笑顔でフィックスに顔を近づけた。
「じゃあさ、クリアーちゃんに無意識に本気になってて、棒兄ちゃんも変わったんじゃないの?」
「…………って、なんでお前に本気になってる事気づかされるんだよ!!」
フィックスはまた真っ赤になり、動揺した。
「にゃはは! 俺様は棒兄ちゃん応援するけどな! 面白いし!」
「応援されてもなあ……」
ブラックはフィックスの両肩を掴み、興奮気味に叫んだ。
「一緒にいるうちに徐々に好きに! ってあるあるじゃん!?」
嬉しそうにするブラックに、フィックスは冷めたような顔で返した。
「ねえと思うわー……あいつコール大好きだし……それにその法則、コールに適応されてんじゃね?」
「もー! 自信ないなー……まあ、落としたくなったら俺様に相談するといい! 今まで百人以上の女性に告白された、俺様に!」
親指を自分に向け、得意げな顔でブラックは言った。
「その顔ならモテるだろうけど……女遊びしてた事あるんだよな?」
「女遊びって言うとあれだけど、相手はいつも一人だけで、同時とかないよ☆」
フィックスが思っていた女遊びと違うので、確認のために聞き返した。
「それは彼女じゃないのか??」
「彼女じゃないよ☆」
「なのに一人だけとか……変に誠実だな……」
そう言われて、ブラックは真顔になった。
「トラブルも増えるし、かわいそうじゃん。俺様が荒れてて変な事してんのにさ、相手に他に誰かいる場合も断ってた」
「謎モラルだな……それで相手を好きになったりしなかったのか?」
ブラックは、またまた真顔で答えた。
「俺様はなかったねー。関係を持つ前に、気持ちが出たら関係を解消するって約束でだったんだけど、みんな途中から気持ちが出てくるからさー、解消する時は結構大変だったね」
フィックスは、理解不能と言わんばかりの顔をした。
「クズなのか優しいのか混乱するわ……てか、そんな生活してて、こどもできたりしなかったのかよ」
「なかったね……別れてもしばらくは同じ場所に居て、相手から俺様に連絡取れるようにしてたけど」
「ホント謎モラル」
フィックスがそう言うと、ブラックは少し寂しそうな顔をしたあと、ぱっと笑顔になって続けた。
「だよね☆ 相手の事振って傷つけるし、かわいそうだなって思ってやめた☆ そういうの集中してしてたの一年ちょっとくらいだけど……」
「一年……ちなみに何人くらい?」
過去を思い出しながら、ブラックは答えた。
「……三十人……くらい?」
「三十人……俺付き合った女、三人なんだけど……一桁違う……」
驚くフィックスに、ブラックは笑顔を見せた。
「まあ、今はそういうの興味ないけどね☆」
「飽きるほど堪能したのか?? すげえな……」
「にゃはは☆ 堪能はしてないけど、そういうのって……虚しいしね……」
ブラックは俯き、小さな声で続けた。
「一年とっかえひっかえする前に……五年同棲してた子居たんだけど……」
「五年!? それは彼女だろ!?」
「いや……元……友達かな……色々あって……その子からそういうの、はじまった感じだけど……その子と離れるのは……一番苦しかったかな……」
そう話すブラックの表情は、今にも泣きそうで、本当に苦しそうだった。
(なんか……そいつだけ訳ありっぽいな……悪夢を見るのが減るから、女と居たって前言ってたけど、何年その悪夢に悩まされてんだよ、こいつ……)
フィックスがそう思っていると、ブラックは顔を上げ、いつもの笑顔になった。
「まあ、それでそういう事するのは、どうでもよくなっちゃったんだよ☆」
「まともになったなら良かったな……って、こないだ女部屋に連れ込んでなかったっけ?」
前回ブラックは、ロストの仲間のリーフと偶然遭遇し、足をケガした相手の治療をしていた。リーフはその時、存在を隠したがっていたので、今回もブラックはそれを尊重して、適当な事を言った。
「あれはあれ☆」
「全然まともになってねえじゃん!」
「にゃはは☆」
(手当しただけで、あの子とはなんもしてないけどね)
ブラックはそう思いながら、同時に、もっと昔の事も思い出していた。
「まあ、俺様も……恋愛じゃないけど……忘れられない奴はいるよ……」
そう話し、ブラックはフェードの顔を思い浮かべていた。
「……ブラック?」
過去に入り込み過ぎていたブラックは、フィックスの声に、ハッと我に返った。
「って、ちょっと話し過ぎたね……まあ俺様も色々あんのよ☆」
「お、おお……」
「てか、俺様かクリアーちゃんに用事だったんじゃないの?」
きょとんとして見つめるブラックに、フィックスは顔を赤らめ、目をそらした。
「いや……ブラックとクリアーが……二人で話してるって聞いたから……」
もごもごと話すフィックスに、ブラックは両手の人差し指を向けて、満面の笑みで、茶化すように言った。
「ヤ☆ キ☆ モ☆ チー☆」
「うるせえなっ!!」
フィックスは、向けてくるブラックの指を、手で払った。
「俺様はクリアーちゃん狙わないから、安心しなさい☆」
そう断言するブラックに、フィックスは相手の過去の行動を思い出し、疑いの眼差しを向けた。
「腰抱いたり、顎クイとかしといて……」
「にゃはは☆ それはそれ☆」
「都合良いなおい……」
時に呆れながらも、フィックスは全体的にブラックの事を気に入っていた。実はブラックの方が、心の距離を取っている事など、全く知らずに……。
フィックスとブラックが部屋に戻ると、クリアーが自分の部屋から移動して、コールの横の椅子に座っていた。
「お、クリアー」
「フィックス、コールから聞いたよ。もう街出るんでしょ?」
「おう」
ブラックもここに戻るまでの間に、フィックスに事情を聞かされていたので、自分のベッドに向かい、荷造りをしようとした。だが、服を畳むのが面倒だと思い、コールに声をかける。
「コールくん☆ ちょっと来てー☆」
「はい。なんですか?」
それを見たフィックスは、すかさずブラックに言う。
「おいブラック、コールにやらせるなよ。甘えんな」
しかし、責任を感じているコールは、申し訳なさそうに返した。
「俺のせいですし、手伝います」
そんなコールの言葉に、ブラックは楽ができるので、とても嬉しそうにした。
「ありがとー☆」
フィックスは頭をかきながら、呆れた顔でつぶやいた。
「まったく……」
そして、さっきブラックに言われた言葉を思い出した。
『一緒にいるうちに徐々に好きに!ってあるあるじゃん?』
(まあ……ねえと思うけど……)
フィックスはクリアーに近づき、真剣な顔で言った。
「クリアー、俺はお前の幸せを願ってるからな」
「え?」
そう言われたクリアーは、少し驚いたあと、なぜか顔を赤面させた。その態度を見たフィックスは、瞬時に思う。
(あれ? ……もしかして俺が変わってきたように、クリアーも何か変わってきてるのか??)
クリアーはしばらく俯いて、考え事をした。
(ブラックがさっき変な事言ったから……なんか……意識しちゃうじゃない……)
恋愛に鈍感なクリアーも、色々言われると、少し意識してしまうようだった。
「……ありがとうフィックス」
少し照れた顔で、クリアーはフィックスにお礼を言った。
「お、おう……」
そんなやり取りのあと、みんなで荷造りを行い、全員が完了すると、コール達は退室手続きを済ませ、宿を出た。
街を出る為に四人で歩いていると、道の角から走って出てきた人物と、コールがぶつかってしまった。
「わ! すみません!」
コールが謝ったその時、ぶつかった衝撃で、相手は何かを落とした。
「……?」
拾い上げてよく見ると、それは『月の城』の紋章の入った指輪だった。男は強引にそれを奪い返すと、睨むようにコールを見た。
「それ……ヴェリアス王が付けてる指輪……?」
「ち……!!」
男は持っていた剣を出し、コールに襲い掛かった。
「コール!!」
瞬時にフィックスが、棒で相手の腕を攻撃すると、男は苦悶の表情を浮かべ、剣を落とした。
「くそ!!」
剣を落としたまま、男はその場から逃げ出した。
「追いかけましょう!!」
コールのその発言に、フィックスはきょとんとした。
「え? なんで?」
「さっきの指輪……陛下に何かあったのかも!!」
「え……でも」
ヴェリアス王は、コールを捕まえようとしている相手で、会えばまた捕えられるかもしれない。だがコールは、強い目をしてフィックスに叫んだ。
「放ってはおけません!!」
自分を危険に晒してくる相手なのに、コールは助ける事を選択した。その姿に、フィックスも協力する事を決意した。
「わかったよ! ブラック! 荷物頼む!」
「了解☆」
ブラックに荷物を預け、フィックスは逃げた男の進んだ方へと向き直る。
「クリアー、オレの荷物お願い!」
「うん!」
コールはクリアーに荷物を渡し、すぐさま走り出した。
「二人はここで待ってて!」
「わかった! 気をつけてねー!」
クリアーの言葉に頷き、コールはフィックスと共に、男を追いかけた。
薄暗く、どこかもわからない部屋の中に、ヴェリアスは手を縛られ、布で口を覆われ、捕らえられていた。
(くそー……護衛を全員眠らせて私を狙ってくるとは……城の王が捕えられたとなると……大問題だぞ……)
ヴェリアスがそう思っていると、ドアが開き、先ほどコール達と戦闘になった男が入ってきた。
「よう」
布で口を覆われているせいで話せないヴェリアスは、暗闇の中、目を凝らした。
「城の内部情報……吐く気になったか?」
男はヴェリアスの口の布をずらし、持っていたナイフを顔に突きつけ、答えを待った。
「……何をされても……言う気はない……」
そう答えたヴェリアスに、男は冷酷な目を向けた。
「……じゃあ、お前を人質に……城に直接交渉する」
再び口を布で覆い、男は近くにある椅子に座った。
(くそ……)
ヴェリアスは、どうすればここから逃げられるか考えていたが、拘束された状態では、なすすべはなかった。
しかしその時、薄暗い部屋の中に、急に眩い光が発生した。
「なんだ!?」
男ははじめて見る光に動揺しているが、ヴェリアスには、どこかで見覚えのある光だった。
(この……光は……)
二人はその光の先を見ようとしたが、先に男が持っているナイフが破壊された。
「うわ!!」
次の瞬間、左手をかざしたコールが『千の力』の光りを放ちながら、部屋に勢いよく入ってきた。
「フィックスさん!!」
「おう!!」
「な!! お前、さっきの!!」
男がそう言った瞬間、フィックスが思い切り棒を打ち付け、男を攻撃した。
「ぐはぁ!!」
衝撃で男はその場に倒れ、気絶したのか、動かなくなってしまった。
「なんだ、弱えじゃん」
フィックスは余裕そうな声を出したあと、男を縄で縛った。同時にコールは、拘束されているヴェリアスを見て、駆け寄る。
「陛下!!」
すぐに拘束を解き、ヴェリアスはやっと、自由になった。
「コール、お前……」
「大丈夫ですか? ケガは?」
自分を心配するコールを見て、ヴェリアスは不思議に思う。
「なぜ助けた……私は……お前を捕らえようとしたのに……」
呆けたようにコールを見るヴェリアスに、コールは言った。
「陛下を必要としている人は沢山います。……でも、ボクを必要としてくれている人もいるので、ボクは捕まっても、また逃げます」
強い目をしながらも優しく語るコールに、ヴェリアスは、なんともいえない気持ちになった。
「……ふ……はっはっは! さすがだな!」
大笑いしている相手に、フィックスは引いた。
「こんな状況で笑うとか……」
ヴェリアスは手をフラフラと前後に動かし、笑い終えると、フィックスを見て続けた。
「いや、すまない……二度も助けられて……コールを狙うのは違うな……」
「ボクじゃなくても、狙ったらだめですよ」
微笑みながら言うコールに、ヴェリアスは、また笑いだしてしまった。
「ははは! そうだな! ……これからは無理やり捕らえるのではなく……志願してくるものを受け入れよう」
「陛下……」
ヴェリアスの目には、かつてコールとはじめて会った時に、城を護りたいと言っていた時の瞳の輝きが復活していた。拘束されて、命の危機を感じている間に、色々と考えを巡らせていたのも、影響しているようだった。
「今までは、金や地位などを過剰に提供してでも『千の力』の持ち主を城に迎えようとしていたが…………エサでつるようなやり方で、本当に城を守ってくれるわけもなかったな……」
そう語るヴェリアスに、フィックスは即座に答えた。
「そりゃそうだな」
ヴェリアスは吹っ切れたのか、大きく息を吐くと、キラキラとした澄んだ目を見せた。
「今後はコールのように、相手を守る意志の強い者を受け入れよう」
「そうですね、それが良いと思います」
そう言うコールに、ヴェリアスは拳を握り、気合を入れて続けた。
「来てくれたなら、やはり貴重な存在なので、給料は高めに払うがな! その為にこれからも色々な街に『千の力』の持ち主を探しに行かねばならない! そう! 私自らなっ!!」
フィックスは疑問に思い、質問をする。
「それ……部下に任せねえのかよ」
ヴェリアスは一度手を振り回し、フィックスを見ながら続けた。
「私は自分で見たものしか信用しない!! ……まあ、コールの言う事なら、信用しても良い!!」
その言葉に、フィックスは呆れた顔をした。
「手のひら返しすげえ……俺ならめんどくせえし、部下に全任せするけど……しっかし、放浪癖のひどい王様だなあ……」
城の陛下を前に一人称も変えずに、ため口で、さらに言いたい放題のフィックスに対し、コールが焦る。
「フィックスさん……」
「だってさあ……」
ヴェリアスはゆっくりと立ち上がり、二人を見つめた。
「コール、フィックス。助かったよ、ありがとう。何か困ったことがあれば……次は私が助けよう」
そう言ったヴェリアスには、王様らしい、威厳が備わっていた。
「ありがとうございます……陛下」
ヴェリアスは握手を求め、手を差し出した。コールは笑顔でその手を取り、二人は微笑み合った。
その姿を見ながら、フィックスは思う。
(コールってホント不思議な奴だな……普通じゃやらねえ事をして、普通じゃ起きねえ変化を起こす……『千の力』の持ち主がみんなコールみたいだったら……平和な世界になりそうだな……俺ももっと……クリアーの為に……)
まだまだ世界平和までは強く考えられないが、コールの姿を見て、フィックスも自分の行いをさらに磨いていこうと、密かに思っていた。



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