第十一話 「嵐の日①」

ほのかの街』に滞在するようになって一週間が経ち、みんなが街に慣れてきた頃、この日は、朝から激しい雨風が吹いていた。
 そんな天気をフィックスとコールは、部屋の窓から眺めていた。
「雨風凄いな……しばらくは外出れねえなー」
「治まるまでは、宿でゆっくりしましょう」
「そうだな」
 二人は窓から離れ、ブラックを見た。ショートスリーパーなので、普段は早起きなブラックだが、今日はずっと寝たままで、まだ一度も起きていない。
「呑気な奴だな……おい、そろそろ起きろ」
 フィックスがブラックの肩を揺するが、全く起きる気配がない。
「疲れてるのかもしれないですし、もう少し寝かせておきましょう」
「まあ、こんな雨じゃ、特にやる事もねえしな。仕事入ってなくて良かったな」
「はい」
 ブラックを起こすのはやめ、二人は今日の予定などを考える事にした。その頃クリアーは、窓の外を見ながら、廊下を歩いていた。
「雨すごいなー……ん?」
 角を曲がったところで、見覚えのある人物と遭遇した。
「!」
「あれ……?」
 そこに居たのは、ロストの仲間のスロウだった。
「ど……どうも」
(また俺が先に……偶然の再会……しちゃったし……)
「スロウ!」
「あ……まだ……名前覚えてて……くれたんだ……うん……スロウ……です」
「そんなすぐ忘れないよ……」
「興味ない奴の名前なんて……すぐ忘れるかなって……」
「? 興味ないわけじゃないよ??」
「え!?」
(クレア様は……俺に興味が!?)
 スロウは、興味がないわけではないを、あなたに興味があるに、瞬時に脳内変換した。
「こないだは、宿までの道教えてくれてありがとう! 帰る途中にコールとも会えたんだ!」
「そ……そっか……無事に帰れたなら……良かった」
「うん! ……ロストも近くに居るの?」
「えっと……」
 その時、スロウの背後から、もう一人の仲間が現れた。
「スロウ! 今日は雨ひどいから買い出しは明日に……って! クレア様!」
「へ?」
「クレア様久しぶりねー★ 元気ー?」
「う……うん」
(この人もロストの仲間の……確か……)
「リー……フ?」
「あら! 覚えててくれたの? 嬉しいー★」
 リーフは満面の笑みで喜んでいる。
(ボクの昔の知り合いかもしれないから……覚えてたんだよね)
「ボクは……クリアー……」
「今はそういう名前なのね? でもロスト様がクレアって呼んでるから、クレア様って呼ぶわねー★」
「なんで様なの?」
(ロストも様付けられてる理由……わかんないって言ってたけど……)
 リーフはクリアーに近寄り、続けた。
「私、ロスト様が大好きなの! 尊敬してるし、ずっと片思いだけど好きなのよ!」
「え……」
「だからロスト様って呼んでて★ クレア様はロスト様の大事な人だから、様付けてるの★」
「え……え?」
「スロウも似たようなもんよ★」
「俺も……ロスト様を……尊敬してる……片思いは……してないけど……」
 スロウがそう言うと、リーフは急に怒りだした。
「何よ! 俺はロスト様と両思いだって言いたいの!?」
 呆れた顔で、スロウは返した。
「違うし……恋愛対象は……女性だよって……事……」
「そんなの知ってるわよ……って」
 リーフはクリアーをじっと見つめた。
「あらあらー? もしかして、クレア様に誤解されたくなかったのかしらー?」
「! ……別に! クレア様にじゃなくても! 誤解されたくないし!」
「ほーん★」
「リーフ!!」
 スロウは真っ赤になっているが、クリアーは二人のやり取りを、意味もわからず、ぽかんと見ていた。
「あ、好きなのもあるけど、ロスト様は推しみたいな感じもあるわよ★」
 クリアーにそう言うリーフに、スロウも共感していた。
「そうだね……」
「推し??」
(推しはわかんないけど……尊敬してるから、様付けてたのか……)
 クリアーはこの機会に、最も気になる事を、二人に聞いた。
「スロウとリーフも、ボクの昔の知り合いなの?」
「違うわよー★」
「違うね……」
 記憶を取り戻す手掛かりになるかもと思っていたのに、即答で違うと言われ、クリアーは少し、残念な気持ちになった。
「そうなんだ…………でも、同じ宿なんて偶然だね」
 その言葉に、リーフとスロウは一瞬、動きが止まった。
「んー…………そうねー★」
「…………」
「?」
 本当は偶然ではなく、計画して泊まりに来たのだが、そんな事は言えない二人は、そわそわと、少し落ち着かなくなった。
「私、食事の前に手洗ってくるー★ スロウ、クレア様と話してて★」
「え! ちょっと!」
 リーフはスロウの肩を軽く叩き、そのまま手洗い場の方へ去っていった。残されたスロウはクリアーを見つめ、さらに落ち着かない様子を見せた。
「……えっと……あの……」
 顔を赤らめ、視線が泳ぐスロウを見て、クリアーはもしかしたら……と思った。
「……話すの……苦手なの?」
「! ……うん……」
「ボクと同じだ!」
「え? ……そうなの?」
「うん、慣れたら話せるんだけど……最初は何話していいか、わかんない……」
(クレア様が……話すの苦手なんて……ロスト様から聞いてたのは……むしろ逆……記憶ないから……上手く話せないのかな……)
「俺も……目的があると……それなりに話せるけど……世間話とか……ムズい……」
「リーフすごいね。まだ二回目なのに、いっぱいしゃべってた」
「うん……」
 そして、会話が終了した。
「ごめん……」
「大丈夫だよ! ボクもホント、何話していいかわかんないし!」
「……クレア様……ロスト様に聞いてた通り……優しいんだね」
「え……ロストがそう言ってたの?」
「うん……ロスト様……クレア様の話……頻繁にしてて……」
「そうなんだ……」
「いっつも……すごく……楽しそうに……話すよ」
 スロウはクリアーに、優しい笑顔を見せた。
「へえ……」
(ロスト……ボクの過去を……知ってる人……)
「……」
 クリアーが黙ってしまったので、スロウは焦った。
「ごめん! 俺の話……つまんないよね!?」
「あ! いや! ちょっと考え事してて! つまんないとかないよ!」
「……やっぱり……優しいね」
「気を遣ってるとかじゃなくて! ホントに!」
 本当にクリアーはそう思っていたのだが、なかなか通じず、スロウは俯いて、自信なさげにつぶやいた。
「いいよ……俺……こんなだから……」
(なんかスロウって……ちょっとボクと似てる……)
 クリアーはスロウに近づき、目を見て言った。
「スロウが良ければ……ボクはもっと話してみたい」
 その言葉に驚き、スロウは声を上げた。
「え!? ……あ……うん!! ……俺も……もっと……」
 それ以上は恥ずかしくて言えず、スロウは沈黙し、そしてまた、会話が終了した。
「ごめん!」
 焦るスロウに、クリアーも焦って返す。
「いや! あの!」
「え……えっと……」
(ヤバい……会話終了無限ループ……しちゃう……話……話……)
「あ……俺……人差し指に……バラみたいな模様の……アザがあるよ」
「そうなの?」
「ほら」
 スロウはアザのある人差し指を、クリアーに見せた。
「わ! ホントだ」
 クリアーは見る為に、さらにスロウに近づいた。
(うわ……近づいて見ると……ホント……綺麗な人だな……)
「へー」
 キラキラした表情で近くに居るクリアーに、スロウの胸は高鳴った。
(うわぁ……)
「……あれ? ボク……昔このアザ、見た事あるような……?」
「え?」
 その時、スロウは何かの視線を感じたので、視線の方を見ると、リーフが壁に隠れて、じっとこちらの様子を観察していた。
「リーフ! 戻ったなら……会話……参加してよ! 俺……間が……もたないし!」
 こちらに移動してきたリーフは、不機嫌そうな顔で、スロウを見る。
「スロウ、クレア様に対して……かっこつけてるでしょ」
「!!」
「私には、だしー! とか、じゃん! とか言うのに」
 図星を突かれたスロウは赤くなり、モジモジと指を動かした。
「別に……可愛い子の前で……かっこつけても……良いじゃん」
「私も可愛いでしょー!」
「リーフは……好みじゃないって……」
「好みじゃなくてもかっこつけてみなさいよー!」
 一切壁のない会話をしている二人を、クリアーはじっと見た。
「仲良いんだね」
「そうね! 何年も一緒に旅してるからね」
 その言葉に、スロウは眉をひそめた。
「リーフが……俺とロスト様のパーティに……勝手に入って来たんじゃん」
「良いじゃない★ ロスト様と一緒に居たいんだもん★ あ、スロウともね!」
「取って……付けたように……」
「ホントよホント★ あ! じゃあ、私達そろそろ行くわね! またね! クレア様!」
 リーフは笑顔で手を振り、別れの挨拶をした。
「クレア様……また……」
 スロウもクリアーに、軽く会釈した。
「うん……また」
 リーフとスロウは立ち去り、クリアーも自分の部屋に戻り、ベッドの上で、過去の自分について考えていた。
(昔のボク……どんなだったんだろう……)
 クリアーは、胸元に付けている赤い宝石を見つめていた。
(ロストか……この宝石の事も知ってるみたいだったけど、聞けなかったな…………前にコールが……ロストのせいでお父さんが亡くなったって言ってたけど……ボクの昔の知り合いだったとしても……あんまり会わない方が良いのかな……)
 そろそろ朝食の時間になるので、クリアーはコール達の部屋に移動しようと、部屋の外に出た。丁度その時、フィックスとコールも廊下に出てきた。
「クリアー、飯にしようぜ」
「……うん」
(コール……)
 クリアーは、コールをじっと見つめた。
「ん?」
「あ……なんでもないよ」
「そう?」
「うん……」
 フィックスとコールは、今日のスケジュールを考えた結果、食事は天気が回復するまで、食堂でする事に決めたのだった。
「この天気じゃ外行けねえから、食堂で食うぞ」
「うん」
「でかい宿は食堂完備で、こういう時、助かるよなー」
 フィックスが歩き出そうとした時、雷が大きな音と共に、近くの木に落ちた。
「うお! びっくりし……」
 腕に握られるような力を感じたので、見ると、クリアーがフィックスの腕にしがみついて、震えていた。
「なっ! お前、雷苦手なの!?」
 涙目になりながら、クリアーは答えた。
「うん……」
「そういや雷鳴ってる時に、お前と会った事なかったな」
「いつも雷の日は、布団被って部屋に隠れてたから……」
「こどもか」
「だって、雷……自分に落ちたら……」
「ははっ! そうそう当たらねえよ」
 クリアーの怯えた姿がこどものようで、フィックスは笑った。そんなクリアーの恐怖もお構いなしに、再び雷が近くの木に落ちた。
「うお……」
 さっきよりも強い力で、クリアーはフィックスの腕にしがみついた。
「だめだこりゃ……」
 フィックスはクリアーの顔を覗き込んで、話しかけた。
「俺達食堂行くけど、お前は部屋で食うか?」
「フィックスと一緒に居る!!」
「!」
 今にも泣き出しそうな顔で、クリアーは言った。
「一人にしないで……」
「もー」
 頼りにされると嬉しいフィックスは、困ったような言い方をしながらも、口元は緩んでいた。
「コール、わりいけど飯持ってきてくれる?」
「はい!」
「ごめん、コール……」
「大丈夫だよ、フィックスさんの側で待ってて」
 追い討ちをかけるように、また雷が近くに落ちた。何度も落ちる雷に、クリアーの心は限界だった。
「お前、足ガクガクしてんじゃん……歩ける?」
「うう……」
「抱えるぞ」
 フィックスは屈み、クリアーの背中と膝下に手を差し入れて抱きかかえた。いわゆる、お姫様抱っこである。そしてそのまま、部屋に向かった。コールは二人の後ろ姿を、少し寂し気に見つめていた。
(オレは色んな所を旅してるから、ああいう強い信頼関係を誰かと築く前に去っちゃうからなあ、ちょっと羨ましいな……)
 クリアー達に食事を持って行く為に、コールは食堂へ移動した。大雨なので人が多いのかと思ったが、数人しかその場には居なかった。その中に、金髪で長いポニーテールの男が居た。
「!」
「ん?」
 そう、その男は、コールの父親を殺めた男、ロストだった。
「ロスト!!」
「コール……か」
「なんでここに!!」
 急に現れた相手に、コールは激しく動揺した。
「ここに泊まっている」
 信じられないような顔をしているコールに、仲間の女性が話しかけてきた。
「あらコール! 元気ー?」
 コールが声の方を見ると、リーフが笑顔で手を振っていた。
「前にロストと居た……確か……リーフさん……」
「お仲間に聞いたのかしら? よろしくねー★」
(なんかこの人、ブラックさんと雰囲気が似てる……)
 リーフはにこにこしながら、コールに近づいた。
「コールって顔可愛いわね★」
「?」
「私コールのとこの棒男みたいな、男っぽい男は嫌いなんだけど……」
「棒男……」
(フィックスさんかな……)
「コールみたいな可愛い子は好きよ★」
「え!?」
 リーフは一気に距離を詰め、コールに壁ドンした。
「あの……」
 近すぎる距離に、コールは少し照れてしまった。
「でも一番好きなのはロスト様なの★」
「……え」
 リーフはロストの方を向き、大きな声で言った。
「ね! ロスト様★」
「ねっと言われてもな…………クレアは雷が苦手だったが、今大丈夫なのか?」
(そんな事知ってるって、本当にロストはクリアーの知り合いなんだな……)
 コールがロストに気を取られていた時、背後から急に、剣を突き付けられた。
「なっ……」
「やめろスロウ」
「……」
 コールに剣を向けていたのは、ロストの仲間の一人のスロウだった。ロストに止められ、スロウは剣を収めた。
「もうスロウ! 何やってんのよ!! ロスト様の事になるとケンカっ早いんだからー!」
「ロスト様を……護りたいだけ……」
 そう言うスロウに、ロストは笑顔を見せた。
「大丈夫だスロウ、ありがとう」
「いえ……」
(ロストって、仲間には優しい人なのか? ……どんな人なのか……まだ全然わからない……)
 ロストは座ったまま、コールを見て言った。
「コール、クレアと話がしたい」
「ダメだ」
 ロストを全く信用していないコールは、即座に断った。
「断られちゃいましたね★」
「……ドンマイです」
 すると、座っていたロストは立ち上がり、コールを強い目で見た。
「ならば……」
(力ずくでくるのか??)
 コールは『千の力』はあるが、戦闘能力はほとんどなく、避けたり逃げるのが少し得意なので、今まで生き延びてきた。しかし、戦闘に慣れている男二人に本気でこられて、勝てる自信はなかった。コールが息を呑んだその時、ロストは方向を変えて歩きはじめた。
「お前の許可なく、会いに行く」
 向かって来るかと思ったロストは、すたすたと歩いて、そのまま食堂から出て行こうとした。
「え!? ちょっと待って!!」
「私は私のしたいようにする」
 コールはロストを追いかけ、近づいた。
「じゃあ、何でオレに一回聞いたんだ??」
「? お前はクレアの恋人じゃないのか?」
「え!? ちっ違う!!」
 コールはクリアーの恋人だと勘違いされ、顔を赤らめた。
「なんだ、なら許可はいらないな」
「なんでオレが恋人だと思ったんだ? フィックスさんの方がクリアーと仲が良いのに……」
「あの棒か……」
「そんな、棒が本体みたいな言い方……」
 もはやフィックスの名前が人ではなくなり、コールは唖然とした。
「クレアはやかましい奴は好きじゃないからな、私みたいなクールなタイプか、優しくて話しやすい奴が好きだ。それに……」
 ロストはコールに顔を近づけ、まじまじと見た。
「!!」
「クレアは中性的な外見の男を好む……お前は可愛い顔をしているから、てっきり……」
(な……なんか……この人の口から、クリアーの男性の好み聞かされるの…………むかつく!!)
 滅多に怒りが湧く事のないコールだが、ロストに対しては、どうも沸点が低くなってしまうようだった。
「まあ……私以外の男と恋人になられては困るが……部屋はどこだ?」
(今回はまだ、部屋までは探せてないからな……)
「今、クリアーは雷怖がってて、それどころじゃないから!」
「ならば、しらみつぶしにあたるだけだ」
(なんだこの人の性格?? すごい自己中心的じゃないか??)
 コールが廊下で大声で話していた事で、クリアーの部屋に居るフィックスも、騒がしさに気づいた。
「なんかコールの声しねえ? クリアーわりいけど、ちょっと様子見てく……」
 椅子に座っていたフィックスが立ち上がろうとするが、クリアーは腕を掴んで離さない。
「もぉー、わかったよ」
(こいつこういうとこあるから、赤ん坊だって言ってんだよ)
 クリアーが離してくれないので、フィックスは再びクリアーを抱え上げ、そのままドアを開けて、部屋の外に出た。
「フィックスさん!」
「ん? あそこか?」
 フィックスが廊下に出ると、なぜかコールとロストが、速足でこちらに向かってきていた。背後にはスロウとリーフの姿も見える。
「ロスト!?」
 驚くフィックスを無視し、ロストは抱えられているクリアーに近づいた。
「おい!」
「ロスト??」
 ロストは優しく、クリアーに声をかけた。
「クレア……雷が怖いだろう? みんなで集まって話でもしよう!」
「「えええ??」」
 その場に居たクリアー以外の全員が、ロストの提案に混乱した。
「何言って……」
 コールが話すのも無視し、ロストはクリアーに、笑顔で大きな声で言った。
「みんなで居れば、怖くないぞ!!」
 その力強い言葉に、クリアーは納得してしまった。
「うん!!」
(おいおい……ロストがクリアーと話したいだけなのに、怖くて一人でいたくないクリアーの今の状況を上手く使いやがった……こいつ……策士か!!)
 フィックスがロストを策士認定していた時、コールは、ロストの提案に戸惑っていた。
「ロストと……話……」
 激しい雨風に、雷鳴がとどろく中、コールの心にも、言葉にできない不安が押し寄せてきていた。

◇第一話から読む◇

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