第十話 「恋愛感情」

 フィックスが二日酔いから治った頃、コール達の泊まっている宿の近くをウロウロする、三人の別パーティの姿があった。

「ロスト様ー、早くクレア様達の宿に移動しましょうよー」
 同じ宿に泊まるつもりで移動してきたのだが、ロストは近くを行ったり来たりして、なかなか入ろうとしない。
「わかっている……だがもう少し……あと一日待ってほしい……」
その場から動かなくなったロストに、リーフは呆れた。
「もー、どれだけ緊張してるんですかー」
「数年ぶりなんだから仕方がないだろう……」
 様子を見ていたスロウは、ゆっくりとロストに近づいた。
「街で再会した時も……テンション……おかしかったですもんね……」
「そう……緊張もあるが……そっちの方が抑えるのが難しいんだ」
 少し面白くなさそうに、リーフが言う。
「衝動を抑えるのが大変なんて、ホント大好きなんですねー」
「昨晩、クレアに見つかってしまった話をしたが……やはり、気持ちが抑えられなかったからな……」
「別に抱きしめるくらい普通じゃないですかー。ほらスロウ! ハグハグ!」
 リーフは両手を広げて、スロウにハグを求めた。
「俺と……抱きしめ合って……どうすんの……」
 スロウは眉をひそめて、リーフを見ている。
「もー! ノリ悪いわねー!」
「クレアの記憶があれば問題ないが……記憶喪失中にあれこれすると……痴漢になりかねない……」
 ロストのその言葉を聞いて、リーフはきょとんとした。
「もうストーカーみたいなもんだし、そんなに気にしなくてもー」
「ストーカーではない、尾行だ。痴漢もしない」
「変なこだわりー」
 リーフはロストの考えがわからず、首を傾げている。そして、恋愛経験のほとんどないスロウもまた、不思議に思っていた。
(衝動を抑えるのが大変とか……俺……そこまで……女性を好きになった事ないから……よくわかんないな……付き合った事すら……ないけど……なんか……ちょっと……羨ましい……)
 スロウが恋愛について考えていると、胸元まで伸びた黒髪の女性の姿が、ぼんやりと、なぜか浮かんだ。
(ん? ……今の……誰? ……そういえば……昔……良いなって……すごく思った子が……いたような……詳しく……思い出せないけど……)
 結局、ロストの決心がつかないので、泊まるのは明日にする事になった。

 そんな計画が起きているとも知らず、コール達は、部屋で朝食をゆっくり食べていた。
「食べたら仕事探しに行くかー」
 二日酔いが治り、働ける状態になったフィックスは、背伸びをしながら言った。
「そうですね」
 フィックスが治るまで待っていたコールも、これから仕事を探す予定だ。
「今日からクリアーも働いてみるか?」
 横に座っているクリアーを、フィックスは見つめた。
「うん!」
 クリアーは『はくの村』以外でのはじめての仕事に、少し不安もあったが、誰かの役に立てるかもしれない事に、わくわくしていた。
 軽い雑談をしながら楽しく食事をし、全員が食べ終えた頃、ドアをノックする音がした。
「オレが出ますよ」
 コールがドアを開けると、そこにはステラが居た。
「コールさん、おはようございます!」
「ステラ!」
「!」
 ステラの姿を見たクリアーは、また、目が点になった。フィックスはそんなクリアーの様子を、静かに横で見ていた。
(また過剰に反応してる……)
「コールさん達に、お仕事お願いしたいんですけど、もう何か決まりました?」
「いや! このあと探そうと思ってたとこだよ。どんな仕事?」
「荷物移動の仕事です! ひとつは花屋での倉庫の整理で、土とかあるので結構重労働で三名必要なのと、もうひとつは近くの池で釣った魚を荷台に載せて、街に運ぶ仕事で、私も参加するんですけど、それを一名お願いしたいです」
 それを聞いたフィックスは、目を見開いて嬉しそうにした。 
「全員仕事にありつけそうだな、探さずに済んでラッキーじゃん」
 力仕事が得意なクリアーは、自分は倉庫の整理をするのだと瞬時に思ったが、その時コールは、クリアーを見ながら、誰がどの仕事をするのかを考えていた。
(いくら力が強いって言っても、クリアーは女性だし……)
「じゃあクリアーは、荷台で魚を運ぶのをお願いしていいかな?」
「え!?」
 思った仕事とは違う方をコールにお願いされ、クリアーは驚いた。
「あれ? 何か苦手な事とかあった??」
「えっ……と……」
(……ステラさんと一緒の仕事に……なるんだよね……)
 クリアーの反応を見て、フィックスは悟った。
(ライバルと一緒の仕事は……嫌だよな……)
「ううん! 大丈夫! ボクそれに行くよ!」
「ありがとう。じゃあ、よろしく!」
「うん!」
 フィックスはクリアーに耳打ちし、ステラに聞こえないように話した。
「クリアー」
「何?」
「ホントに大丈夫か? その……お前人見知り激しいし……はじめての仕事なわけだし……」
「ちょっと不安だけど、コールにお願いされたし……ボク! 頑張る!」
「そっか、まあ、もしなんかあったら……休憩中とかに俺んとこ来いよ。話聞いてやるから」
「うん! ありがとう! フィックス!」
 少々不安なフィックスは、腕を組んで、他に自分にできる事がないか考えた。
「じゃあ、このあと仕事の案内をするので、準備ができたら、表に集まってくださいね!」
「うん! ありがとうステラ!」
「へへ」
 コールにお礼を言われて、ステラは嬉しそうに照れていた。
(うーん、どう見ても好きだよな……ステラはコールの事)
 フィックスはステラに近づき、小声で話しかけた。
「なあ」
「え?」
「……クリアーは人見知りが激しいのと口下手なので、ちょっと絡みにくいとこあるけど、悪い奴じゃねえから、仲良くしてやってくれる? ちなみにあいつ女なんだけど、普段サラシ巻いてて……わかりづらいけど」
 そう言うフィックスを、ステラはじっと見た。
「女性なのは見ればわかるわよ」
(……サラシ巻いてても、わかる奴にはわかるんだな……)
「あなたクリアーさんのお兄さん? 彼氏??」
「は!? どっちでもねえよ!! ただの旅の仲間だ!」
 彼氏と間違えられ、フィックスは激しく動揺した。
「ただの仲間…………過保護なのね。大丈夫よ、ちゃんと仕事教えるから」
(仲良くするとは言ってくんない……)
「あっちのイケメンさん、クリアーさんの彼氏だったりする?」
 そう言ってステラは、食後のお茶を笑顔で飲んでいるブラックを軽く指さした。
「違う……」
「そうなの……クリアーさん、彼氏いないの?」
「いねえ」
「そう……残念」
「?」
「ねえ……クリアーさんってコールさんのなんなの?」
「え? ……旅の仲間だけど?」
「それだけ?」
 ステラは、フィックスに刺すような視線を向けた。
「そ…………それだけ」
「ふーん、まあいいわ。じゃあまたね!」
 話を終えたステラは、みんなに軽く会釈をしたあと、部屋を出て行った。
(なんか関係を探られた……クリアーに彼氏がいたら、コール取られる事もないからな……やっぱステラは、クリアーのライバルなんだな……)
 これ以上は何もできないと悟り、フィックスは、せめてクリアーがきちんと仕事を終えられるようにと願った。
 そして一部始終をずっと見ていたブラックは、ある事に気づいた。
「棒兄ちゃん、花屋って、あと一人は?」
「は? お前に決まってんじゃん」
「えーーー!? 俺様も働くの!?」
「他に居ないだろうが……」
「話が違うー!!」
「働かなくて良いなんて言ってねえし」
「面倒見てくれるって言ったのにー! 棒兄ちゃんの嘘つきー!!」
「食費も宿代も出して、生活の面倒は見てんだろ。一人働く奴足りねえんだから、こういう時は協力しろ」
 駄々をこねるブラックをなんとか説得し、とりあえず全員の仕事が決定した。

 仕事の準備をし、コール達四人は、花屋に行く三人と池に行く一人に分かれた。
 クリアーはステラと共に、街のすぐ近くにある大きな池に向かった。池の中央には木道があり、その上で釣りをしている人が数名居た。釣り人の横には木箱があり、釣った魚がその中に置いてある。
「じゃあ、あそこの釣った魚をこの箱に持てる分だけ入れて、荷台に載せて街まで運びましょう。急いで何往復もするから、配分を考えて行動してね」
「はい……」
 この時クリアーは、『はくの村』を出る前に、フィックスに言われた事を思い出していた。

『クリアー。村の外では、あんま怪力を他人に見せるなよ』
『なんで?』
『人によっては怖がったりする奴もいるしさ。どうしてもって時以外は、使わねえ方が良い』
 村の外には、近くの森くらいにしか出た事がないクリアーには、その意味はよくわからなかった。
『そういうものなの?』
 首を傾げ、クリアーはフィックスを見る。
『強い力はあんま見せつけねえ方が良いんだよ。ここぞという時にだけ使え』
 フィックスが自分の事を思って言ってくれているのはわかったので、クリアーは、笑顔で元気に返事をした。
『わかった!』

 ステラがまだどういう人かもわからないので、クリアーは怪力を使うのはやめ、通常の力で仕事をした。怪力を使わなくても、力持ちで体力おばけのクリアーには、余裕のある仕事だった。
 何度も池と街を往復して、数時間後、ステラとクリアーは魚を運び終えた。
「やっと終わったー!」
 ステラはその場に座り、しばし休憩をした。
(結局、作業以外、ステラさんとは何も話さなかったな……)
「あとは、その道具を持って帰るだけよ」
 釣り人が使っていた道具などを、荷台に載せて街まで運べば、全ての仕事が完了となる。
「はい」
 クリアーは置いてある道具を、さっそく拾い始めた。
「ねえ」
「え!?」
 ステラに話しかけられ、クリアーはびっくりして固まってしまった。
「あなたって、コールさんの何?」
「な……何って……?」
「フィックスさんは旅の仲間って言ってたけど、実は彼女??」
「違うよ!!」
 クリアーは顔を真っ赤にしながら否定した。
「そう……でもあなたコールさんを好きでしょう?」
「!! 好きだけど……憧れてる……」
 それを聞いたステラは、満面の笑みを浮かべた。
「そうよね! コールさん素敵だものね!」
「うん!」
「……でも、恋愛感情もあるでしょう?」
 前のめりになり、ステラはクリアーの気持ちを探るように、じっと見た。
「!? ……す……ステラさんは……コールが好き……なの?」
「好きよ!」
「!!」
 ステラは胸に手を当て、嬉しそうに語りだした。
「一緒に居るとドキドキするし、次いつ会えるのかなって……会えない時はコールさんの事を考えるし、もっと……もっと一緒に居たいって思うもの」
 頬を赤らめながら、乙女の表情をしているステラを、クリアーは少し羨ましく感じた。
「そうなんだ……」
 ステラは急に表情を変え、強い目でクリアーを見た。
「あなた! コールさんの事を好きじゃないなら、私の応援してよ!」
「ええ!?」
「私はコールさんには滅多に会えないんだから、今回なんとか関係を発展させたいの! じゃないと……ホントに……次いつ会えるかわからないし……」
「ステラさん……」
「それとも、私の応援できない理由があるのかしら?」
「…………あの……ステラさんはなんで、コールの事好きになったの??」
「え? ……はじめて会った時から素敵な人だなって思ったんだけど、明るく爽やかで優しくて……可愛いようなカッコイイような見た目も好きだし」
(わかる!!)
 クリアーは心の中で、思いっきり共感した。
「ハッキリ好きになったきっかけは……私、泳げないんだけど、前にこの池で溺れかけた時に、コールさんが飛び込んで助けてくれたの。溺れそうで混乱してて……そういう相手を助けるのって、下手したら一緒に溺れちゃうのに……コールさんは迷いなく助けに来てくれて……」
「コール……」
 その話を聞いて、クリアーは自分の胸が高鳴るのを感じた。
「その時ハッキリ好きになったの。……だから私がコールさんと付き合えるように、協力してよ!」
「……」
 俯いて、答えないクリアーの態度に、ステラはイライラした。
「できないの? できない理由があるんでしょう??」
 ステラはクリアーに、にじり寄り、睨むように顔を見た。
「ちょ……」
 クリアーは両手を前に出し、距離を取ろうとするが、ステラはお構いなしに近づいてくる。
「ボクは……」
「もう! ハッキリしなさいよ!!」
 ステラが大きく一歩動いた瞬間、着地点の足元が濡れていた為、勢い余って滑ってしまった。
「あ!!」
 足を滑らせた事で、ステラはバシャンという音と共に、池に落ちてしまった。
「ステラさん!!」
 ステラは手を激しく動かし泳ごうとするが、バシャバシャと水が跳ねるだけで、溺れそうになっている。
「どうしよう! でもボク、泳いだ事ないし!」
 その時クリアーは、さっき思い出したフィックスの言葉を、再び思い出していた。

『強い力はあんま見せつけねえ方が良いんだよ。ここぞという時にだけ使え』

「はっ! そうだ! 『千の力』のバリアで、もしかしたら……」
 クリアーは手に入れてからはじめて『千の力』を発動した。周りにもやのない、綺麗な強い光が発生した。
(どうやって出すんだろう……確か……思えば良いって……)
 ステラの周りにバリアを出したいと心で願うと、現実にその通りになった。バリアを張ると、周りの水は弾かれ、大きな丸いガラスでも置いたかのように、水が球面状になくなった。
「え?? あれ??」
 ステラが落ちた場所は、深さ二メートル程度だったので、水が消えた事で足がつき、その場に立つ事ができた。
「ステラさん!! 早くそこから上がって!」
 クリアーが『千の力』のバリアを使いながら道を作ったので、ステラは岸から上がる事ができた。
 バリアを三回使い、クリアーの『千の力』のカウントは、残り991になった。
「大丈夫!?」
 クリアーはステラに近寄り、心配そうに相手を見た。
「……あなた……それ……『千の力』……よね? 前にコールさんがバリアも作れるって言ってた……」
「あ! えっと……」
「『千の力』って、使えば使うほど寿命が近くなるって……なんで私の為なんかに使ったの……」
「それでも、助けたかったから!!」
 ステラはこのクリアーの姿が、過去のコールとの出来事と重なった。

『コールさんありがとうございます。でも、下手したらコールさんも一緒に溺れてたかもしれないのに……なんで、知り合ったばかりの私を……』
 溺れていたステラを助ける為に池に飛び込み、コールはずぶ濡れになっていたが、何の迷いもなく、笑顔で答えた。
『それでも、助けたかったから』

 コールとの過去を思い出しながら、ステラは目の前のクリアーを見つめた。
「さっきのあなた、まるでコールさんみたいだった……似てるのね、二人は」
「……そ……そうなの??」
 似ている自覚のないクリアーは、ぽかんとした。
「…………あーもー、なんか、もういいや!」
「え??」
 ステラは小さくため息をついたが、すぐに笑顔になり、優しい口調で言った。
「あなたに……勝てそうにないもの」
「??」
 今度は少し寂し気に、ステラは池を見ながら続けた。
「それに……心配しなくても……コールさんは私に優しくしてくれるけど、あなたを見るみたいに、私の事をずっと見てはくれないわ」
「どういう……事?」
「あら、気づいてなかったの? コールさん、ずっとあなたを見てるわよ」
「えっ!!」
「大事に思ってくれてるんじゃない?」
「コールが、ボクを……」
 岸から上がってその場に座り込んでいたステラは、濡れた服を絞り、水気を切ってから立ち上がった。
「濡れちゃったけど、暖かい季節で良かったー。そろそろ帰りましょう!」
「うん……」
 道具を全て荷台に載せ、二人はコールの話をしながら、街へと戻った。

 クリアーの泊まっている宿の前まで着いた時、ステラが思い出したように話し出した。
「あ! でもね……」
「?」
 話し始める前に、前方にコール達の姿が見えた。
「腹減ったー、なんで俺様までー、もー……」
 腹に手を当て、ブラックはダラダラと歩いていた。
「たまには働け」
 横に居るフィックスは、呆れた顔でブラックを見る。コールは前方に居るクリアーに気づき、笑顔を見せた。
「ただいま、クリアー」
「お……おかえり……なさい……」
「ん? 顔赤いけど大丈夫? 結構疲れた?? はじめての仕事だし……」
「だ……大丈夫!!」
「……そっか、大丈夫なら良かった」
「うん!」
「クリアーもおかえり」
「ただいま!」
「ステラもお疲れ……って、濡れてるけど、どうしたの??」
 クリアーとのさっきの出来事を思い出し、ステラは笑い出した。
「ふふ! ちょっと、濡れちゃっただけ!」
「ちょっと??」
 全身びしょ濡れのステラは、にこにこしながら、さっき助けてもらった事を話し始めた。クリアーも横で、楽しそうにその話を聞く。そんな様子を見たフィックスは、ステラとクリアーの事に対する不安が、やっと解消された。
(クリアー機嫌直ってるな。ブラックの言うように、考えてもわかんねえな……ま、機嫌直ったなら良かった)
 フィックスはクリアーを、そっと、優しく見つめた。
(あら、言いそびれちゃった……コールさんよりも、もっとずっとあなたの事見てる人がいて、その人は……)
 ステラは、優しい笑顔を浮かべているフィックスを見た。
(この人だって…………嬉しそうな顔して見ちゃってまあ……)
「あ、ブラック、今日のさ……」
 フィックスが話しかけると、ブラックは顔を背けた。
「ふーん!」
(俺様を働かせるなんて!)
「えええ……今度はこっちが不機嫌に……」
 せっかくクリアーの機嫌が直ったのに、今度はブラックの機嫌を直さなければならなくなり、フィックスは一気に疲れ、肩を落とした。
 仕事を終え、ステラと別れ、宿に帰る途中、クリアーはコールに対して、いつもよりも胸の高鳴りを感じていた。さっきステラに言われた言葉を思い出しながら、自分も、もしかしたら……と、思っていた。
(ボク……ボクも……コールの事……)
 自分の横を歩いているコールを見ると、すぐに目が合った。まるでクリアーを受け入れるかのように、コールは優しく微笑んだ。その、眩しいほどの笑顔により、クリアーは、ハッキリと自覚した。
(恋愛的な意味で……好き……みたい……)
 クリアーは、やっとコールへの気持ちが何なのか、わかったのだった。

◇第一話から読む◇

タイトルとURLをコピーしました